2019.02.22

ヒートの球団社長パット・ライリー「レブロンが去り、我々の王朝は完全になくなった」

ヒートで共に優勝を勝ち取ったレブロン(右)とライリー(左)[写真]=Getty Images
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4年連続ファイナル進出、2連覇をもたらしたレブロンが2014年夏に古巣へ帰還

 2010年7月。マイアミ・ヒートは球団社長を務めるパット・ライリーと大黒柱ドウェイン・ウェイドの下に、レブロン・ジェームズ(現ロサンゼルス・レイカーズ)とクリス・ボッシュ(元トロント・ラプターズほか)という、当時リーグ屈指の実力者を獲得した。

 ウェイド、レブロン、ボッシュは“スリーキングス”と称され、結成後初となった10-11シーズンから4年連続でイースタン・カンファレンスを制覇。NBAファイナルでは12、13年に2連覇を果たし、現在では主流となっているスモールボールの火付け役に。

 しかし、ヒートの時代はそう長くは続かなかった。14年7月、レブロンは“I’m Coming Home”という手記を寄稿し、故郷であるオハイオ州アクロンに近いクリーブランドに本拠地を置くキャバリアーズへの帰還を発表。ヒートにおける4年間に幕を下ろしたのである。

 それからというもの、ヒートはウェイドとボッシュを軸に戦うも、ボッシュに血栓が見つかり、14-15シーズンはプレーオフに出場できず。翌15-16シーズンはウェイドの活躍もあってプレーオフでカンファレンス・セミファイナルまで勝ち上がり、ラプターズ相手に最終戦までもつれるも敗退。ボッシュは2シーズン連続で血栓が見つかったことにより、オールスターブレイク期間中に戦線離脱。

 その後、ヒートは優勝候補と呼ぶには程遠く、プレーオフ出場のボーダーラインをさまよっている。一昨季はプレーオフ進出を逃し、昨季は1回戦でフィラデルフィア・セブンティシクサーズに1勝4敗で敗れた。

 2月20日(現地時間19日)、14年にレブロンがマイアミを離れたことについて、ライリーは「レブロンから(退団するという)電話を受けた時、マイアミの王朝は完全になくなったんだとわかった」と『ESPN』へ明かした。ライリーは当時について、こう振り返っている。

 「私は彼のことを責めたりはしなかった。だが、私は10年間に渡って王朝を築けるチームだと知っていたから、(電話があった)あの日は私とこの組織にとっては悲しい日になった。私は、マイアミの地で王朝を築きたかった。この街とこのチームを10年間に渡り、タイトルコンテンダーに押し上げたかった。8度はNBAファイナルまで勝ち進むことができたかもしれない」。

レブロン(左から2番目)在籍時の4年間で2度の優勝を果たしたヒート[写真]=Getty Images

当時の思いを胸に、さらなる優勝をヒートへもたらすべく尽力するライリー

 今となっては“タラレバ”になってしまうが、レブロンは古巣キャブスへ復帰後、昨季まで4年連続で頂上決戦へと進出。16年には自身3度目の優勝、そしてキャブスにフランチャイズ史上初となる優勝をもたらしたことを考えると、ライリーが「(もしレブロンが残っていたら)我々はどれだけ多くのチャンピオンシップを勝ち取っていたか、私には分からないね」と振り返ったのも当然といえば当然か。

 NBAの指揮官として、ロサンゼルス・レイカーズで4度の優勝、ヒートでは06年にフランチャイズ初優勝を経験し、フロントとして12、13年にも優勝したライリーは来月に74歳を迎える。

 それでも、ライリーは当時の思いを原動力に、まだまだ引退するつもりはないという。「(王朝への思いこそが)私の引退しない理由なのかもしれない。このチームがもう1つのタイトルを勝ち取るまで、ここから離れるつもりはないね」と口にした。

 ウェイド、そしてユドニス・ハズレムという、ヒート3度の優勝すべてに貢献してきたフランチャイズの功労者たちにとって最後となる今季、ヒートはイースト8位タイとなる26勝30敗。ライリーとしては、プレーオフ出場は最低限の合格ラインとし、来季以降にヒートへ4度目のチャンピオンシップをもたらすべく、今後もフロントとしてマイアミに尽力していくことだろう。

今年のオールスターゲームに姿を現したライリー夫妻[写真]=Getty Images