Bリーグ公認応援番組
『B MY HERO!』
今やあらゆる場面で耳にする機会があり、考えることも多くなったSDGs(持続可能な開発目標)。それを実現可能な社会に構築するために女性の活躍が不可欠であることは、今や世界中の国々や社会の中で認識されている。Twitter、Instagram等のSNSのタイムラインも、働く女性の姿、その声が発信され、“働く女性”をテーマにした原作、脚本のドラマを目にする機会も本当に多くなった。
日本国内においても機運の高まりは感じるものの、イギリスの経済誌『エコノミスト』発表の先進国を中心とした29カ国を女性の働きやすさで指標化したランキング(2021年版)によると、1位はスウェーデンで、日本は昨年に続き、下から2番目の28位と残念な結果となっている。女性の管理職割合、女性の労働参加率、男女の賃金格差などの10指標に基づいた評価において、2016年から同順位の日本は、女性が働きやすい環境という点において、世界水準との隔たりはまだまだ大きい。
一般社会でも改善が必要な状況において、低賃金、長時間労働、体力勝負のイメージが強いスポーツ界では、女性が業界に定着するにはかなりハードルが高いのではないだろうか? この課題を解決するためのヒントを得るべく、2022年4月1日付で「女性を取り巻くスポーツの環境をリデザイン」していくことをミッションに掲げ設立されたZOOS(ズーズ)合同会社の代表桂葵さんと、グローバルリレーション/海外連携担当として桂さんを支える安田美希子さんにお話を伺った。
桂さんは転勤族の父のもと、国内外を転々とする幼少期を過ごす。小学校の3年間をドイツ・ハンブルクで過ごし、帰国して兄の練習についていくうちにバスケットボールに惹かれ、その世界へと足を踏み入れることになる。恵まれた体格とセンスで、その才能は開花した。高校には女子バスケ界の名門桜花学園高校へ進学。同校を卒業後、早稲田大学社会科学部へ進むと、4年次に全日本大学バスケットボール選手権大会(インカレ)優勝とMVP獲得するなど大活躍を見せた。
しかし、卒業と同時に競技を引退し、新卒で大手商社へと入社することを決断。一度離れたバスケ界だったが、何となく参加したストリートバスケットボールに魅了され、3年のブランクを経て3×3で競技に復帰を果たすと、商社マンとの二足の草鞋で、2021シーズンには3×3プレミアリーグ優勝とMVP獲得するなど、ブランクを感じさせない活躍を見せた。その後、約7年間勤めた商社を退職し、日独合同クラブ「Düsseldorf ZOOS」を設立し、世界最高峰の3×3プロサーキット「FIBA 3×3 Women’s Series」へ参戦している。
異色の経歴を持つ桂さんだが、子どもの頃の夢は、父親が世界をまたにかけるビジネスマンだったこともあり、「薄っすらと世界で活躍できる人材になりたいと思っていた」と語る。夢を実現し、大手商社に就職も、30歳を目前としたタイミングでの退職、競技生活を継続しながら、自らクラブを立ち上げ代表を務めることとなる。大きなチャレンジとなったと想像できるが、その心境を問うと「自分は思い切って、仕事を辞めてよかったと思っている」と意外な回答。続けて「前職は仕事として非常に楽しかったが、想像がつく人生でしたし、冒険してみてよかったと思っています」と笑顔を見せた。
2024年に開催されるパリオリンピックを視野に入れたことや、「FIBA 3×3 Women’s Series」の大会のレギュレーションが変更され、民間クラブでも参戦可能となったことなど周囲の環境変化もあった。加えて、桂さん自身が今年、30歳を迎える年齢になったことも、商社を退社し新たな挑戦に踏み切った大きな理由だという。
女性にとって、結婚や出産などライフステージが大きく変わるタイミングは、男性以上に生活環境の変化を伴うこととなる。桂さんは「将来、いつ子どもが産みたくなるかわからないし、産みたくないかもわかりません」と前置きしつつ、「いつ環境が変化するか分からないからこそ、3×3と向き合う時間を増やしたい。30歳という区切りに、いつ死ぬか分からない。『後悔のない人生を送っているか?』という自問自答がありました」と退職理由を語った。
女性の社会進出が叫ばれており、桂さんのように女性も積極的にチャレンジするべきかと質問すると、「別に挑戦することが偉いとは思いません。チャレンジしないことも選択」ときっぱり。「リスクを取ることが良いわけではなく、その人その人が幸せを感じることが大事だと考えています。チャレンジしないことが自分にとっての幸せであることもあり、その時その時の自分の幸せを追求してほしいと思います」と語ると、「私の場合は、周囲のサポートなど、周りの環境が整っていました。私が新たなチャレンジすることで、次の人がチャレンジしやすくなればと考えています」と述べた。
思い立ったら行動も早く、2011年に退職・渡米し日本人メジャーリーガーのマネジメント業務などに従事。帰国後、スポーツマーケティング会社にて、3人制バスケットボールの黎明期から携わり、プロリーグの立ち上げやFIBA(国際バスケットボール連盟)や、JBA(日本バスケットボール協会)との連携業務を担うなど活躍。その貢献が評価され、2018年より公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会にて、オリンピック初種目化となった、3×3バスケットボールの競技運営責任者として大会の企画運営を統括するなど、この競技が注目を集めることを可能とした中心的な存在だ。
異業種からスポーツ界に飛び込んだにも関わらず、現在では十分な実績を積んで桂さんの新たなチャレンジをサポートする安田さんに、スポーツ界において女性が働きにくいと感じたことはないかとずばり聞いてみた。
安田さんは「自分自身はスポーツ界において男女の性別的な違いを意識したことはありませんが…」と述べると、「客観的に見ると、スポーツの現場では土日祝日の休みがなく、それぞれの競技の統括団体、協会、チームの現場には年齢層の高い男性が多いことは事実です。この年代の方の中には、年下の男性を女性よりも重宝する傾向や、女性を受け入れない雰囲気もあり、古い体質を感じるかもしれませんね」と語る。
続けて「環境面では、確かに海外は進んでいて、今秋実施されたNBAジャパンゲームズに私が携わった際には、プランニングや事務方などの多くは女性スタッフでした」と日米の差について実際の体験を口にした。「日本ではまずは制度面を整える必要はあると思いますが、これに関しては少しずつ整ってきているので、加えて女性自身がやりたいことを諦めないよう、周囲が興味関心を持つことも必要だと思います」と締めた。
安田さん自身は、30代で渡米・出産、40代で独立・第二子出産という転機があったが、ライフステージの切り替わりのタイミングで、通常ならばそのキャリア形成にブレーキがかかるところで、むしろアクセルをより踏んだ状態だったと苦笑する。安田さんは「私は親、友人、家族の協力があって、ブレーキを踏まずに進んできたが、やはり女性は妊娠出産や身体の変調など男性より変化が多く、物理的、フィジカルの部分で制限があると思います」と語ると続けて、「女性にも様々な考え方や価値観があって、100人いれば100人のやりかたがあると思っています。重要なのは女性が男性と同じようにイニシアティブを持って、社会や組織の中で責任あるポジションにつきたいと考えたときにサポートできる体制や制度が整っているかどうかじゃないでしょうか」と自身の見解を、将来への期待を含めて口にする。
女性の労働力率はよく“M字カーブ”を描くと言われ、女性の社会進出を語る上でも良く耳にする用語だ。このM字カーブ――結婚や出産を機にいったん離職し、育児が一段落したら再び働きだす女性が多いという日本の特徴を反映したグラフだが、そのくぼみは徐々に浅くなっており、女性が出産や育児などのライフステージの変化に関わらず就業を継続するように社会の変化が起きている証左とも言える。だが、他の先進諸国にて、窪みの解消するに資する施策の検討・実施が比較的早期から着手されていることに比べると、日本では、女性の社会進出のためのインフラがまだまだ整っておらず、女性が継続的に勤務できる体制作りに関しては、かなり出遅れている。
この現状を冷静に捉え、「今やれることをやる」と新しい環境に飛び込んだ桂さん。周囲のサポートに感謝しながらエンジン全開で走り続ける安田さん。両者とも非常に活動的で、チャレンジングな選択をしているが、二人が共通で言葉にしているのは、ただ挑戦することが正しいのではなく、女性それぞれの幸せの形があり、それぞれの考え方があるということを冷静に捉えていることだ。二人の言葉は、男女問わず当てはまることではあるものの、環境変化の影響度合いや身体的な変化は女性の方が、やはり影響が大きいと考えられる。
女性の社会進出について、サポートや制度の整備が諸外国に比べると遅れていると言われている日本。その中でも女性が定着しにくい環境だと思われるスポーツ界にあって、桂さんや安田さんのようなロールモデルの活躍は大変頼もしく、その活躍に続き、スポーツ界で活躍しようという新たなチャレンジャーが出てきたときに何ができるのか、今精一杯に頑張っているスポーツ界の担い手のためにどのようなサポートが可能なのか、世の中の機運が高い今だからこそしっかりと考えていきたい。
ZOOSでは、女性が仕事や家事、育児などの多忙によりスポーツを楽しむ環境から離れていく状況も変えていきたいと桂さんは語る。女性のライフステージに合わせてスポーツを楽しむような環境が当たり前となり、女性の働きやすさで日本が先進諸国に肩を並べていることはもちろん、スポーツ界でも大勢の女性が活躍し、定着する時代がすぐそこに来ることを期待したい。
取材・文=村上成