2018.03.11

東日本大震災から7年、仙台89ERSが声明を発表「バスケで1人でも多く、1秒でも長く笑顔を」

東日本大震災から7年目の3月11日、福島と対戦した仙台は人々に白星を届けた[写真]=B.LEAGUE[写真]=B.LEAGUE
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 2018年3月11日、2011年3月11日に発生した東日本大震災から7年が経過。仙台89ERSは公式HPにてクラブの代表取締役を務める中村彰久氏、髙岡大輔ヘッドコーチ、志村雄彦の声明を発表した。

「2011年3月11日から7年の月日が経ちました。被災されたみなさまへ心よりお見舞い申し上げるとともに、これまで仙台89ERSにご支援いただいた全てのみなさまに感謝申し上げます。毎年この日を迎えるたび、当時の辛く苦しい記憶と、そしてなにより仙台89ERSを支えてくださった皆様の温かさが思い出されます。私たちはブースターの皆様、スポンサーの皆様、仙台89ERSに関わる全ての皆様と『ファミリー』としてこれからの厳しく険しい戦いを乗り越えていきたいと思っております。長いようであっという間に訪れた7年という年月仙台・宮城をホームタウンとしているバスケットボールクラブとして復興はまだ道半ばですが、バスケットボールを通じてひとりでも多く、1秒でも長く笑顔を届けられるようにこれからも仙台89ERSは笑顔溢れる地域づくりに努めてまいります」(中村代表取締役)

「2011年3月11日から7年。自分としては、7年も経ったのか、とは全く思えず…昨日のことのようにも思い出せる2011年3月11日。翌日の試合のため、仙台から新潟へ移動中でした。始めは情報もなく、全く分からないことばかりで身動きも取れない状況に、不安ととまどいがあり、救援物資のボランティアをやることで、使命感を全うしているような、そんな感覚だったと思います。ただ、そんな感覚は3日と持たず、1日1日少しずつ知らされる現実と、自分の置かれている状況を理解していく中で、とても恐怖感を覚えていったことを鮮明に覚えています。そんな中で、人と人の繋がりの大切さを、とてもとても強く感じることができました。 家族と仲間の大切さ、思いやり、助け合い。普通に生活すること、普通にバスケットボールを出来ること、それがどれだけ尊いことなのか。3月11日という日は僕にとっては、それを振り返るとともに、それを自分の周りに伝える日です。まだまだ復興は進んでいるさなかです。その中で僕自身として、仙台89ERSとして、出来ることを精一杯やっていきます」 (髙岡HC)

「『震災から7年』と聞くと震災が過去のことのように感じるけど、今もなお復興の最中。この時期が来るとその“おもい”が大きくなるように感じます。あの時心に誓った“おもい”を持ち、ここまで毎日コートに立ち続けてきました。どんな状況でも諦めずに戦おう。復興へ向かう故郷のためにと決めた日から自分の“おもい”をコートに置いてこようとプレーし続けてきました。これからも力のかぎり戦いっていきます。あの時感じた“おもい”を忘れずにこれからも共に戦いましょう」(志村)

 なお、3月11日はB1リーグ第22節第2戦が行われ、仙台は敵地で福島ファイヤーボンズと対戦。試合は、地元出身の志村が14得点4アシスト4スティールを挙げる活躍もあり、68-59で勝利を手にした。

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