2025.08.17

高校大学で鍛えた激しいディフェンスが武器 [写真]=B.LEAGUE
試合前には必ずバスケ経験者の母親から「楽しんで」というメッセージが届く。バスケットボールを楽しむこと。それは広島ドラゴンフライズの佐藤涼成が大事にしているモットーだ。
「バスケはずっと楽しいですし、逆に無理やりにでも楽しくさせているときもありましたし、バスケはもう楽しくやろうと決めています」
コート上で特に楽しさを感じるのは得意のスティールが決まったとき。175センチ86キロのポイントガードが会場を沸かせて笑顔を見せる。
「スティールしたときは、ベンチが盛り上がっていたり、ヘッドコーチがガッツポーズしているのを見ると、やってやったぞという気持ちになります」
福岡第一高校時代に井手口孝コーチのもとで磨いてきたそのスティールは、今シーズンの開幕節からさっそく炸裂した。
「スティールは井手口先生に練習で教えてもらった福岡第一ながらの仕方なので、高校で教わったディフェンスがこのプロの舞台でもできたと思います」
プロの舞台で光るのはスティールだけではない。背番号88は福岡第一高校と白鷗大学で鍛えた対人の強さも存分に発揮している。
「プレッシャーをかける部分は、もう今までやってきたことが正解だと思います。井手口先生のもとでやれていた部分プラス、大学でも網野さん(網野友雄ヘッドコーチ)に教えてもらった部分もしっかり発揮できましたし、対人の部分は通用しているのかなと感じています」
そうした自分の強みをプロの舞台で誰が相手だろうと出し切れる“強心臓”も兼ね備える。
「そこは福岡第一で毎日何時間も練習をして、きついこともあったし、その中でもジュニアさん(ジャン・ローレンス・ハーパージュニア)やユウキさん(河村勇輝)とのマッチアップを毎日ずっとやってきたので、今となっては怖いものは特にないです。例えば富樫(勇樹)選手や、仮にユウキさんと今マッチアップしたとしても、『やってやるぞ』という気持ちにしかならないので、メンタル的にはすごく強く持てていると思います」
そして、コート上で常に闘志溢れる姿勢は、苦しいときこそチームのエナジーになる。
「大学時代は自分が納得いかなかったらむつけて(ふてくされて)、もういいやみたいな感じになる時期もありましたけど、網野さんからは白鷗大でエースとしてバスケットをやる中でそういうのをなくしていかないといけないぞと言われてきました。日本代表でもチームを引っ張る選手になるんだから、自分から(士気を)上げていってリーダーシップを発揮しろとずっと言われていたので、そこは心掛けています」
佐藤は学生時代に着実に積み上げて、Bリーグの舞台へと到達した。そこで若きPGが放つ貫禄のような雰囲気は、今まで積み上げてきたものの重みである。
ルーキーながらコート上で堂々とプレーする姿について、広島の朝山正悟ヘッドコーチは、「そこは本人が過ごしてきた今までのキャリアの部分がかなり大きいと思います」と話す。
「彼が持っている本来の性格もあると思いますし、バスケットの能力も即戦力になれるものがあったからだと思います。ただ、この世界に入ってくるタイミングとしてはすごく難しい状況だったと思うんですよ。白鷗大を背負ってキャプテンをしていて、そこからもっと上を目指したいという思いはわかりますが、でもそこから踏み切る勇気は全員が全員出せるものではないと思います。そうした強い意志があるからこそ、(Bリーグでも)いきなりできる部分があると思います」(朝山HC)

広島ブースターの盛り上がりを感じてプレー [写真]=B.LEAGUE
白鷗大のバスケ部でキャプテンを務めていた佐藤は、シーズン開幕直前の9月に4年生の途中で退学を決断。さらなる成長のためにプロの道を選び、2023-24シーズンに優勝した広島でのプレーを望んだ。
「選手として優勝を経験した朝山さんが今はヘッドコーチをやっていて、最近のバスケットを選手としてもヘッドコーチとしても知っているので、そこでいろいろ学べるのではないかという思いがありました。いろんなチームを見ていった中で、自分に本当に合うようなチームが広島だと思ったので、網野さんと色々と相談した中で選びました」(佐藤)
広島は6月に若手エースの中村拓人が複数年契約を解除して電撃退団。シーズン開幕前には寺嶋良が右ヒザの再手術を強いられ、新加入の伊藤達哉もケガで出遅れていた。手薄だったガード陣の補強に岡崎GMも奔走していた。
「メインのガードがいなくなって、その後も2人がケガをするという事態だったので、ここは補強しないといけないところでした。もちろんB2やB3を含めて、本当にいろんな選手に声をかけて動いていましたし、学生も当然ピックアップはしていて、我々が考えていたのは試合に絡むか絡まない下級生を特別指定で取りたいと思っていました。なぜかというと、4年生はドラフトにかかると、そのままそのチームに入っていく可能性が高いので、そこは様子見をしていました」(岡崎修司GM)
そんな中、大学屈指のPGだった佐藤の話が浮上。「驚き半分、喜び半分でした」と岡崎GMは心境を明かし、加入までの経緯を説明した。
「(話を聞いたときに)『そんなことある?』っていう感覚と同時に、絶対に欲しいというのは間違いない事実でした。ただ、その反面、僕らはちょっと残念な形で選手を手放したところがあったので、結果としてそう(広島加入)なったとしても、プロセスとしては大学側に不義理はしたくないですし、そういうクラブにはしたくないですというのは、網野HCに正直に言わせていただきました。(佐藤と)直接話したのは広島に合流する1日前ぐらいでしたが、網野HCとはしっかり話をさせていただいて、バスケ部を辞めるのか、大学を辞めるのか、もしくは大学だと特待生や奨学金のこともいろいろあると思うので、そういったことをまずクリアにして進むのであれば、僕らとしては受け入れの準備だけはしときますということを伝えました。そこからはもうリリースの通りに加入という形になりました」(岡崎GM)
佐藤としても強い覚悟を持って進んだ道。Bリーグ開幕節の川崎ブレイブサンダース戦から、その強い気持ちをコート上で示した。Game1では18分5秒のプレーで13得点1アシスト。Game2は初のスターター入りを果たし、21分12秒のプレーで10得点2アシスト1スティール。デビュー戦2試合でいきなりインパクトを残した。
「期待されていることはすごく伝わってきているので、それに応えないといけないと思っています。開幕戦も本当だったら5分とか、勝負が決まった後にしか出られないようなタイミングだったと思いますが、20分ぐらい出させてもらったので、(広島加入が)間違っていないと自分でも思いますし、逆にこの選択を間違っていると思わせないように毎日努力しています」(佐藤)
Bリーグでも積み上げていく日々が始まった。デビューから1週間後、ホーム開幕となった第2節のレバンガ北海道戦では悔しい連敗を喫した。特にGame2は32点差をひっくり返される屈辱の逆転負けを経験。佐藤は、「2連敗は非常に悔しい結果でした」と振り返った。
「特に2戦目は、前半は良かったですが、後半にかけてやれられてはいけないところでやられてしまい、修正ができませんでした。PGとして落ち着かせなければいけないところ、攻めるところやコールプレーの判断など、積極的に発信する重要性を学んだ試合でした」(佐藤)
そこから中2日で迎えた第3節の京都ハンナリーズ戦は今季最長の27分31秒のプレーで、14得点7アシスト1スティールの活躍を見せてチームを勝利に導いた。第4節の佐賀バルーナーズ戦でもホーム初勝利を含む連勝に貢献。ただ、2試合とも第4クォーターで佐藤がコートに立っていた時間帯にチームとして簡単なミスから相手に流れを与えるシーンもあったため、朝山HCはGame1後の会見でゲームコントロールの課題を指摘した。
「ポイントガードとしてコート上でどうやってクロージングに持っていくか、そこは彼も試合で経験しないといけないところだと思います。ゲームの時間帯、ファールの数、やってはいけないこと、コートの中で話さなければいけないこと、そういったことと向き合いながらやっていってほしいと思っています」(朝山HC)
佐藤自身も佐賀戦Game2後、「前日の試合(Game1)もアサさんからはコントロールするように言われていたので、試合で意識はしていましたが、ミスが起きたのはこれから改善するべきところです。ただ、ゲームの流れを読むところは、試合を重ねることでできてきていると思っています」と受け止めて前を向いた。
広島は開幕から7試合を終えて5勝2敗。新戦力のクリストファー・スミスやコフィ・コーバーンの得点力が目立つが、22歳のPGも「外国籍メンバーだけに頼るんじゃなくて、日本人メンバーでも全員がボールを持ったら危ないと相手に思わせないといけないので、個人的にも得点に絡んでいく意識はすごく大きいです」とますます闘志を燃やしている。
その熱源には広島ブースターの存在がある。佐藤は佐賀戦での連勝後、「自分がディフェンスをしている時に盛り上がるファンの声が聞こえていて、すごく自分の力になるので、もっと自分の強みをファンのみなさんに見せていきたいです」と力を込めた。
「シュートを決めたり、リバウンドだったり、泥臭いところでもファンの人たちの歓声が盛り上がるので、そこはすごく恵まれているなと思っています。自分だけじゃなく、選手みんなの力になっていると思うので、引き続き応援をよろしくお願いしますということをすごく伝えたいです」(佐藤)
Bリーグは「小さい頃から目指していた」という舞台。夢は叶ったが、佐藤の挑戦は始まったばかりだ。「もっとレベルアップして日本を背負えるガードになりたいので、ここからが本当に自分のバスケットのスタートだと思っています」。広島で朱色の声援を後押しに、背番号88はさらなる高みへと積み上げていく。
文=湊昂大
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