2025.12.28
福岡第一高校でともにプレーした宮本聡と宮本耀の3年間は、常に順風満帆だったわけではない。特にこの1年は、インターハイ予選敗退、主力の離脱、トップリーグでの大敗と、思い描いていた歩みとはかけ離れた現実が続いた。耀が「ジェットコースターみたいな一年」と表現し、聡が「苦しいというレベルじゃなかった」と語るように、感情の振れ幅も大きいシーズンだった。
それでも二人は、最後のウインターカップに向けて「3年間をコートで出し切る」という意識を共有していた。練習がうまくいかない時期もあり、チームとしてまとまり切れない日も少なくなかった。それでも、一戦一戦を通して修正を重ね、準決勝の舞台までたどり着いた。
ウインターカップ準決勝。キャプテンとしてチームを率いた宮本聡は、この一戦を「勝たせられなかった責任」と受け止めている。自らの出来やプレーの細部に言及するよりも、まず結果を引き受ける言葉が先に出た。一方で、「最後まで応援席もベンチも声をかけ続けてくれた。チーム一つで終われたことに後悔はない」とも語った。
聡の言葉は一貫して、個々の出来ではなく、集団としてどう戦い、どう終われたかに向けられている。勝敗を分けた要因を列挙するのではなく、苦しい時間を含めて、チームとして同じ方向を向けていたかどうか。その視点は、3年間の多くを主将として過ごしてきた立場をそのまま映していた。
試合中も試合後も、聡の意識は一貫してチーム全体に向いていた。自分や耀の出来について多くを語らなかったのも、主将としての立場が自然とそうさせていたからだろう。うまくいかない時間が続いた今シーズンは、プレーで引っ張るだけでなく、声の掛け方や立ち振る舞い一つひとつに気を配る場面も増えたという。結果が出ない中でも、誰かが下を向けば声をかけ、流れが悪ければ空気を変えようとする。その積み重ねが、準決勝の舞台までチームを押し上げていた。

兄の聡はキャプテンとしてチームをまとめた [写真]=伊藤大允
キャプテンとしての1年を振り返っても、聡は自らを「うまくまとめられなかった」と評価する。それでも、エンジンを組む場面で仲間から「お前が声をかけろ」と背中を押されたことや、最後まで信じてついてきてもらえた感覚は、確かな手応えとして残っているという。
一方、耀は準決勝の場面を起点に、試合と3年間を振り返っている。「40分間を通して、自分たちの強みを出し切れなかった」と語り、同点に追いついた展開についても、「決定的な1プレーというより、試合の入りからの積み上げができなかった差が最後に出た」と受け止めた。
インターハイ予選敗退から始まり、主力の離脱、トップリーグでの大敗を経て迎えたウインターカップ。「福岡第一はすぐ負けると言われることもあった」と振り返りながらも、練習がうまくいかない日が続く中でも、一戦ごとに成長することだけは手放さなかった。

小気味の良いシュートを武器にしていた弟の耀 [写真]=伊藤大允
双子でプレーしてきた関係についても、耀の振り返りは率直だ。「よく記事で“阿吽の呼吸”とか書かれましたけど、全部がそうでは決してなく、実際は呼吸が合わないことの方が多かったかもしれません。『もっといいパスよこせよ』って思ったりしました(笑)」と明かす。双子とは言え、それぞれの自我が芽生え、違う構成を見せるようになっていく年代だ。
それでも、耀がこの3年間で最も大きかったと感じているのは、勝ったときの喜びも、負けたときの悔しさも、同じ時間で共有できたことだ。感情を分かち合える存在が常にそばにいたことが、福岡第一で過ごした時間の核になっていた。
高校卒業後、二人は別々の大学へ進む。将来プロを目指す中で、同じコートに立ち続けるよりも、それぞれが異なる環境で成長する道を選んだ。聡は次の舞台を見据え、耀は高校で培ったシュート力を武器に、大学ではポイントガードとしての挑戦を口にした。福岡第一でのかけがえのない3年間を終え、その視線はすでに先へ向いている。
文=入江美紀雄
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