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試合の大半で主導権を握っていた能代工業高校(秋田)が九州学院高校(熊本)のプレスディフェンスと走力に飲み込まれ、72-77で逆転負けを喫した。
今年は勝負の年を迎えていた能代工業。来年より能代西高校との統合・校名変更により、『能代工』として挑む最後の大会だったこともあるが、何より「今年は個性的な選手が多く楽しみな年」と小野秀二コーチが新チーム結成時から手応えを感じていた代だったからだ。
実際に2月の東北新人戦では決勝で仙台大附属明成高校(宮城)に肉薄。能代工業といえば伝統のゾーンプレスというイメージがあるが、小野コーチが就任してからの4年間は伝統の走りはそのままにピック&ロールからの展開を織り交ぜ、どこからでも得点が取れるチームを目指していた。シュート力があるキャプテンの中山玄己、視野の広さとスピードがあるポイントガードの大石隼、アウトサイドシュートが得意の佐々木駿汰、パワフルな上村大佐、堅実なゴール下で粘る森山陽向ら3年生に加え、2年生生ガードの高橋裕心など様々なタイプが揃い、3位になった2015年以来となるウインターカップでの上位進出を狙っていた。
出足は能代工業が上村のリバウンドと中山の好確率の3ポイントシュートで流れをつかみ、開始3分半で16-2と上々の滑り出し。第2クォーターに入ると九州学院がエース中野友都の得点、跳躍力がある野美山翔馬や堤玲太(いずれも3年)の奮闘で迫るが、能代工業は上村が3連続ゴールを決めて前半を11点リードで折り返す。
流れが動き出したのは第3クォーターに入ってから。九州学院がプレッシャーを強めて反撃開始すると能代工業はガード陣が立て続けにミスを犯し、何度も僅差に詰め寄られる。しかし、それでも勝負所の3ポイントで凌ぎ、能代工業が12点リードして最終クォーターを迎える。だが九州学院はあきらめていない。田中コーチの言う「面白いバスケ」はここからが本番だった。
九州学院はオールコートプレスをかけ続け、ハーフコートになれば効果的にゾーンディフェンスで能代工を苦しめ、オフェンスリバウンドを支配。攻めてはエース中野が「(福岡大学附属)大濠や報徳(学園)と練習試合をしても通用していた」と自信を持っていたドライブやピックを使った攻めを中心に第4クォーター開始から13-0のランで一気に加点。
九州学院が見せたプレスディフェンスと終盤の猛攻は、まるでかつての能代工業を見ているかのような躍動感があり、能代工業のお株を奪う粘り強さで2回戦へと駒を進めた。
能代工業の小野コーチは「今年の3年生は個の能力が高く、シュートがうまい選手が揃った代でしたが、いいときとダメな時の差が大きく、ダメなときは個に走ってしまう傾向がありました。秋田県予選でもそうだったのですが、すごい力も発揮するけれど、後半にスローダウンしてしまうところがあり、そこを改善することができませんでした。大会前には能代工業の名前が変わるという注目が大きくなり、もしかすると選手たちは目に見えないプレッシャーを持ちながらプレーしていたのかもしれません……」と敗因を語る。
司令塔の大石は「もう一度、強い能代工業を復活させるつもりでこの1年やってきましたが、負けてしまい本当に悔しいです。相手のゾーンは対策していたのですが、プレッシャーに煽られて気持ちで逃げてしまい、弱気になったのがいけなかった」と肩を落としながらも、「来年に学校名が変わっても能代工業のプレースタイルは変わりません。(高橋)裕心を中心に今年よりもレベルアップして走って勝ってほしい」と後輩に託した。
3年生からエールを受けた2年生ガードの高橋は「能代科学技術に名前が変わっても、これまでの先輩たちが築いてくれた能代工のカラーは変えず、能代工らしいと思ってもらえるように、激しいディフェンスから走るバスケをコートで出して、来年もまたこのウインターカップの舞台に戻ってきます」と伝統を受け継ぐことを誓い、東京体育館をあとにした。
文=小永吉陽子