2021.01.01

弱気の殻を破った明成の3年生たち。選手の心を奮い立たせた佐藤久夫コーチの『マッスルポーズ』

『マッスルポーズ』を取って記念写真に収まる仙台大明成のメンバーと佐藤久夫コーチ [写真提供]=日本バスケットボール協会
スポーツライター

粘りと勝負強さは見せたがオフェンスに課題

3年ぶり6度目となる優勝を支えたのは12人の3年生 [写真]=小永吉陽子


 抜群の勝負強さを発揮し、これまで5度のウインターカップ制覇を遂げている仙台大学附属明成高校(ブロック推薦/宮城)。この2年間は、190センチ台の選手たちが躍動する『大型チーム』として日本一を目指してきた。今大会、3年ぶり6度目となる優勝を支えたのは12人の3年生たちだ。その裏側にはどのような成長があったのだろうか。

 今大会の明成は、3回戦からはすべてが決勝カードといっても過言ではないほどの激戦区を勝ち上がってきた。しかも留学生を擁するチームとの連戦だったため、守備範囲が広いチェンジングのゾーンを準備し、驚異の粘りで相手をロースコアに封じ込めてきた。

 ただ、大会を通してはオフェンスがうまくいかない時間帯のほうが多かった。優勝会見にて佐藤久夫コーチは、「今大会の4試合で自分たちのバスケができたのは決勝のラスト5分間。もうちょっと(自分たちのバスケを)やってほしかったというのがあります。ただ、ゲームというのは相手がいるもので終わってみなければわからないもの。最後は自分とチームを信じて開き直ることができました」と語っている。

 最後には開き直れたということは、言い換えれば、思いきりやれない時間帯が長かったということでもある。このスッキリしない試合内容は、留学生チームにベスト8で敗れた過去2年間の課題でもあったのだ。

時間を要したポジションコンバート

佐藤久夫コーチは「今年の3年生は歴代の中でも真面目にひたむきに取り組む学年」と評した [写真提供]=日本バスケットボール協会


 大型化を目指しているとはいえ、佐藤コーチが目指すバスケには「高校生らしく一生懸命に」という仙台高校を指導していた時代からの不変なカラーがある。その点でいえば今年の3年生は「歴代の中でも真面目にひたむきに取り組む学年」(佐藤コーチ)であり、なおかつサイズがあり、様々なタイプの選手が揃っていた。ゆえに佐藤コーチは3年生を「俺にとってのドリームチーム」と呼んでいたほどである。得点源の山﨑一渉がいることから2年生が注目されがちだが、2、3年生を含めた選手層の厚い今年のチームに勝負を懸けていたのだ。
 
 ただ、いざ実戦となると、真面目すぎる優しい3年生たちは硬くなって自分の良さをなかなか出せないこともあった。選手たちに自信がなかったのは、多くの選手がポジションアップをしてコンバートしていたことも一因だった。『自分たちはこれで勝負する』という武器がなかなか作れず、ポジションをモノにできない中途半端さから迷いが生じていた。特に苦心したのはポイントガード作りだ。
 
 今年、エントリーに入った3年生には4人のポイントガードがいる。4人中3人がコンバート組であり、経験値をつけるために4人全員に多くのチャンスが与えられた。とくに192センチの越田大翔は大型ガードになるべく、いちばん鍛えられ、期待をかけられていた選手。同じように、どのポジションの選手でも、一体誰がスタメンになるのかわからないくらい、チーム内で競い合って切磋琢磨してきたのだ。

 彼らのゴールがウインターカップならば、メインとなる選手を絞ってチーム作りを早く進めることもできただろう。だがコンバート組を含め、選手たちのゴールは高校ではなく、その先にある。この2年間、明成がなかなか浮上できなかったのは、そうしたサイズのある選手たちの育成に時間を要していたことも理由にあり、その点はウインターカップ中も続行中だった。

 そんな中、大会目前に主力の得点源である2人の選手が負傷に見舞われてしまう。11月にはガードの菅野ブルース(197センチ/2年)が膝を痛め、12月にはフォワードの加藤陸(192センチ/3年)が右手の人差し指を骨折するアクシデント。本人もチームもウインターカップの舞台に立てないショックは計り知れず、選手起用のプランも変えなければならなかった。
  
 こうしたアクシデントがあっても大会を乗り切ることができたのは、まさしく多くの選手を競わせて選手層を厚くしてきたからこそ。そして、チームメイトたちは「加藤とブルースの分も」と一層の団結をして大会に臨むことになったのだ。

「スッキリやろう」と臨んだウインターカップ

 ウインターカップに臨む明成のテーマは「もう一つ上の自分になろう」だった。過去2年間、メインコートで自分たちのバスケを表現できなかった悔しさから、3年生たちは「失敗してもいいから思いきり、スッキリやろう」を合言葉にして大会に臨んだ。試合内容を見ればわかる通り、選手たちは時折消極的な部分を見せながらも、最後には自分たちがやってきた粘りのディフェンスを信じて遂行し、勝利をもぎ取って毎日成長していった。
 
 東山高校(京都)との決勝、3クォーター残り1分42秒、最大17点ビハインドの場面でこれまでまったく当たりのこなかった山内ジャヘル琉人の3ポイントがようやく当たり、ディフェンスをフルコートにする。ここで山内は両腕に筋肉の力こぶを作る『マッスルポーズ』(ダブルガッツポーズ)をして「ヤーッ!」と大声を張り上げた。ベンチでは佐藤コーチも同じポーズで選手を鼓舞している。選手たちが弱気な自分と決別し、壁を乗り越えた瞬間だった。

越田大翔も試合中に『マッスルポーズ』を見せた [写真提供]=日本バスケットボール協会


「選手が奮い立ってくれればとの思いで、年甲斐もなくやっています」という佐藤コーチのマッスルポーズは、今大会だけでなく、ウインターカップ県予選でも見られた光景である。選手とコーチがマッスルポーズで鼓舞し合うその姿は、毎日ともに練習してきた者だからこそ分かち合える信頼関係が見えた。

「どんどん打っていいぞ!」「もっと積極的に行け!」

 指揮官の攻め気の言葉に体がどんどん前に動いていく。いちばん苦しい残り5分にディフェンスのプレッシャーをさらに強めて走ったとき、選手たちは殻を破り、「もうひとつ上の自分」に到達することができた。そして試合終了のブザーが鳴った。72-70だった。

3年生に励まされて奮起した2年生たち

 優勝インタビューで2年生たちは「3年生」という言葉を何度も口にしていた。

「自分がダメな時に3年生が何回も声をかけてくれて、久夫先生以上に自分に厳しく接してくれて、そんな3年生がいたからこの優勝があると思います」(山﨑一渉)

「苦しいところで助けてくれたのはやっぱり3年生。自分が強くなれたのは久夫先生が教えてくれたのもあるけど、3年生がいつも怒ったり、励ましてくれたからです」(山崎紀人)

 今年は新型コロナウイルスの影響で練習も試合も思うようにできず、我慢することばかりだった。そんな中で崩れることなくチームを引っ張り、試合では自分自身を表現して殻を破った3年生たち。「もうひとつ上の自分」へとチャレンジする姿勢が下級生に伝わったからこそ、チームが信じあって日本一になることができたのだ。

3年生の思いは下級生である山﨑一渉らにに受けつがれる [写真提供]=日本バスケットボール協会


文=小永吉陽子

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