2017.12.13

井上雄彦 特別インタビュー 「日本が強くなるために、応援を続けながら見守っていきたい」

バスケットボールキング編集部。取材歴は20年を数え、これまで主に中学、高校、女子日本代表をカバーしてきた。また、どういうわけかあまり人が行かない土地での取材も多く、今年も氷点下10度を下回るモンゴルを経験。Twitterのアカウントは @m_irie3

『SLAM DUNK』の作者、井上雄彦氏が設立に携わった『スラムダンク奨学金』がスタートしたのが2006年。“高校では終われない、君へ。”のキャッチフレーズを胸に秘め、これまで10人のケイジャーが海を渡った。来年には小林良(桐光学園高校)とホール百音アレックス(昌平高校)の2人がセントトーマスモアスクールに入学することになっている。

今回、バスケットボールキングでは井上氏に取材する機会を初めて得た。井上氏自身に『スラムダンク奨学金』設立の経緯や将来の展望をうかがっただけでなく、バスケットボール、特に日本のバスケットボール界への思いも語っていただいた。

取材・文=入江美紀雄
写真=山口剛生
取材協力=I.T.PLANNING,INC.、(ジャンプ スクエア編集部【集英社】)

――改めて『スラムダンク奨学金』を始めたきっかけを教えてください。
井上 2004年にマンガ『スラムダンク』の総発行部数が1億冊に達しました。「これはとんでもない数字だな…」と思い、それを機に「日本のバスケットボール界に恩返しがしたい」と考えたのがきっかけです。バスケットボールというスポーツに出会ったからこそこのマンガも描けたし、多くの人たちに「バスケットボールは楽しい」と共感してもらえ、バスケットボールから受けた恩恵はやっぱり僕にとってとっても大きなものでした。

 では「何ができるかな」と色々考えたのですが、やっぱり日本代表には強くなってほしいし、高校を卒業してもいろいろな形でバスケットボールに関われる人が増えてほしいという思いがあって。そうして「バスケの強い国に行って経験を積みたい若者は多くいるはず。だけどそのための橋がかかっていない」と考え着いて、集英社さんをはじめ、多くの方の協力を得て、何とかスタートしていったという感じですね。

『スラムダンク奨学金』は、日本のバスケット界への恩返しと考えたのがきっかけと語る井上氏[写真]=Takeo YAMAGUCHI

――実際にアメリカに赴いて受け入れ先のチェックをしたとうかがっています。しかし、なぜ大学ではなく、プレップスクール(大学進学準備過程をもつ私立学校)へ入学させたのですか?
井上 バスケットボールライターの宮地陽子さんと留学のコーディネイトをされているアスリートブランドの根本真吾さんのアドバイスもあり、アメリカの大学に直接進めさせるのは現実的ではないという結論に至りました。語学の問題であったり、仮に大学に入っても、学業成績の基準をクリアしなくてはバスケができません。短期間に様々なことに順応し、さらにプレータイムをもらうのは相当にハードルが高いだろうというのがその理由です。私はその存在を知らなかったのですが、お二人にプレップスクールというものがあると教えていただきました。プレップであれば、学業や文化の違いに適応しながら、バスケができます。レベルも高く、大学のコーチたちに見てもらう機会もあります。この奨学金の趣旨に合っていると考えました。

――選考の基準は?
井上 誰を選ぶかは、基本的には派遣先のコーチ陣にお任せしています。最終選考に選ばれた選手を連れて現地に行き、そこで実際に見てもらって決めています。最終選考の前には書類とビデオで絞りますが、やっぱり現地のコーチの審査に重きを置いています。

――では3人で現地に行って、1人だけ合格という場合も?
井上 もちろんです。逆に誰も受からなかった年もありました。

――見送りにも行かれたことがあると思いますが、空港では意気揚々と旅立っていく様子ですか?
井上 1期生の並里成滋賀レイクスターズ)は、「アメリカで俺の力を見せてやるぜ」という感じでメンタル的にもかなり特別な存在でした。しかし、ほとんどが楽しみ半分、「自分で通用するんだろうか」という不安半分の中で旅立っていきます。それと戦いながら頑張っている様子は10年経った今も昔も変わらないですね。今プレップに入っている10期生の鍵冨(太雅)君は帰国子女で言葉の心配がない分、ちょっと違う感じもあります。今までにはいなかったタイプかもしれませんね。

滋賀をけん引する並里[写真]=B.LEAGUE

――実際に『スラムダンク奨学金』が日本のバスケットボール界にどのような影響を与えているとお考えですか?
井上 奨学金でアメリカに渡っていろいろな経験をして帰ってきて、現在6名(並里成谷口大智秋田ノーザンハピネッツ矢代雪次郎愛媛オレンジバイキングス山崎稜栃木ブレックス村上駿斗広島ドラゴンフライズ猪狩渉福島ファイヤーボンズ)がBリーグでプレーをしています。実際彼らがどれくらいの発信力を持っているのかはわかりませんが、共通しているのはフィジカルの重要性を身をもって理解している点だと思います。これがないとアメリカではプレーできないので、プレーの土台になっています。アメリカの強い当たりの中でプレーをしてきているので、その環境で鍛えられた技術も彼らは持っています。

――日本にいるだけではわからないことですね。
井上 フィジカルの強さが根本にあり、これがなかったらどんな技術を持っていても通用しないということを彼らは感じているようです。また、例えばガードであれば、マッチアップするディフェンスのリーチが全員と言っていいくらい長いという環境でプレーできることも大きいと思います。運動能力の高さももちろんありますが、日本では通るようなパスが通らないとか。よく国際ゲームでの日本の課題と聞きますが、それが日常の環境にあるわけです。

――その他、アメリカから帰国して感じる変化はありますか?
井上 個人差はありますが、共通して言えるのは、「大人になったな」というか、それぞれが成長して帰ってきますね。慣れない土地でレベルの高いバスケットボールをするだけでなく、彼らは勉学もおろそかにできない環境で14ヶ月、または数年を過ごすわけです。また、日本にはなかなかいないメンタル、キャラクターを持った選手たちとの競い合いです。それを乗り越えてきただけに、この基準をキープした上でもっと成長したいという意識を持っていますので、そういうものは頼もしいなと思います。

谷口(秋田)はインサイドのハードワークだけでなく、アウトサイドシュートも放つ器用さを併せ持つ[写真]=B.LEAGUE

――日本人的に周りに合わせることはなく、決して高いとは言えない日本の基準にも染まらないわけですね。
井上 アメリカにも良いところだけでなく悪い部分もあると思いますが、良かったところに自分の基準を持ち続けていますね。そうすれば周囲に良い影響を与えていけるのではないでしょうか。また、日常の過ごし方も変化があります。プロ意識と言っていいかもしれませんが、並里を見ていると試合への準備がいかに大切なのかを改めて見せてくれます。並里は留学中もすでに意識が高かったのですが、彼を筆頭に本場で味わって学んだ意識を日本に戻ってきても維持しつつ成長しています。自分の存在を確立できるかを常に突きつけられながら毎日を生きてきて、その中で自分をアピールしなければ埋もれてしまう。こういう過酷な環境の中でもがきながら自然に身についた意識かもしれませんね。

――彼らには今後どのようになってほしいとお考えですか?
井上 一つは、渡米前に描いていた夢をかなえてほしいと思います。もう一つは、留学したからこそ得られた経験を、自分の可能性の一つとして生かしてもらいたい。アメリカで吸収したことを成長の糧として、それをいろんな形で周囲の人や次の世代に伝えてくれれば。そしてそれが結果として日本のバスケ界全体の底上げになれば、どんな形でも成功だと思います。

「アメリカで吸収したことを、いろんな形で周囲の人や次の世代に伝えてくれれば」と井上氏[写真]=Takeo YAMAGUCHI

――卒業生たちが今度は指導者になるかもしれません。
井上 それもありますね。また、再びアメリカや、今度はヨーロッパに渡って勉強するのもいいですね。

――今、渡邊雄太選手(ジョージ・ワシントン大学)や八村塁選手(ゴンザガ大学)を筆頭にアメリカの大学で活躍する選手が増えてきました。
井上 率直に「あっ、こういう選手が現れたんだ」という思いです。まず渡邊君を見て「別格だな」という感想を持っていましたが、八村君に関しては「すごい選手が出てきたな」という驚きが先に立ちます。八村君自身、体自体も大きくなっているし、アメリカのバスケへの適応力の高さにも驚いています。また、大学へ入って1年間はレッドシャツ(試合に出られない練習生)なのかな、環境に慣れるための準備期間と割り切れば、そのほうがいいんじゃないか、と何となく思っていたのですが、本人の意思で「やる」と決めたと聞きました。その決断はすごいなと思ったし、彼の持ち前のキャラクターもあるのでしょうが、適応する力はすごく強かったんだろうなという気がしますね。

――底知れない彼のポテンシャルの高さを感じました。
井上 日本のバスケ界もゆくゆくはもっともっと高い天井になってくれると思います。やっぱり天井がつかえてしまう子はもっと高い天井のところに行かないと伸びないですからね。環境を変えるしかないのです。それにしても、入学していきなりNCAAファイナル4の舞台でプレーできるのも、何か持っているんでしょうね。もしレッドシャツだったら、チームに帯同していても感じ方が違ったと思うのです。そこでユニホームを着て、ロースターとしてその場にいたというのは経験値として全然違いますよね。

――八村選手に続く選手がどんどん出てほしいです。
井上 NBAでは「こんな選手はもう出ないだろう」って思っても、そのあと出てきます。マイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズ他)に続く存在はなかなか出てこないだろうと言われていましたが、コービー・ブライアント(元ロサンゼルス・レイカーズ)やレブロン・ジェームズ(クリーブランド・キャバリアーズ)が現れて、その後にはステフィン・カリー(ゴールデンステート・ウォリアーズ)が出てきたりなど、いろんなタイプのスーパースターが生まれます。日本も「八村君みたいな選手はもう出てこない」ってみんな思っているかもしれないですが、また違う形で、別の山を登る選手が出てくると思います。

――ところで今シーズンもBリーグの選手へのインタビューをされていますが、Bリーグが開幕してから何か印象が変わりましたか?
井上 それまで2つに分かれていたリーグが1つになって、みんな喜んでいますよね。たくさんのお客さんの前でプレーができるようになり、選手が試合に注ぎ込むエネルギーが変わったのではないでしょうか。もちろんそれまでも一生懸命やっていたと思いますが、注目されることで責任感も増すだろうし、やっぱりモチベーションが変わってくる。だから見ている人たちが選手から引き出すということも確実にあると思いますよ。

――プレーにも変化が見られます。
井上 コート上での必死さだったり、1つのプレー、1つのボールを追いかける姿勢を見ても、「変わったな」という感じは受けますね。それだからこそ観客は「また見に行こう」という気になる。逆に気を抜いたプレーをしていたらファンは離れてしまいますからね。

――最近はNBAをご覧になられていますか?
井上 それなりにはチェックしていますよ、(ロサンゼルス)レイカーズを中心に。

――レイカーズは復活の兆しが見えてきたのではないですか?
井上 いやー楽しみですよ。今年はうれしいですね。ゆくゆくはバラバラになるとは思いますが、今いる才能を持った若い選手たちで伝統あるチームを再建してほしいです。また、レブロンも今年はあんまり良くないのかなと思っていたら、先日の(ワシントン)ウィザーズ戦で57点取っていましたもんね。しかもポイントガードまでしていました。

今年のドラフト全体2位でレイカーズ入りしたロンゾ・ボールは、開幕から先発司令塔を務める期待の新人[写真]=Getty Images

――やっぱりNBAは私たちのイメージの中でなかなか収まらない感じがします。
井上 破格の存在が次々に出てきますからね。(ヤニス)アデトクンボ(ミルウォーキー・バックス)もすごいですね。「何もんだこいつは」って思いました。

――このあたりがバスケットボールの母国であるゆえんであったりするのでしょうか。
井上 そうですね。自分の一番の思いはやっぱり日本が強くなってほしいということです。これが本音です。ただ強くなるには日本バスケがどんどん底上げされなければいけない。やはり頂点の高さだけを望んでも絶対に無理なので、裾野を広げて厚みを増さなければいけない。そうしないと頂は高くはなりません。いつかはそうなってほしいし、そのために応援を続けていきます。長い道のりですが見守っていきたいですね。

Bリーグについて井上氏はコート上で選手が見せるプレーに対して「変わったな」とポジティブなコメントを発した[写真]=Takeo YAMAGUCHI