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Wリーグ初参戦・SMBC TOKYO SOLUAの選手たちの覚悟…楽しみながら「挑戦」を続ける主将の中村和泉

チームの顔としてチームをリードする中村和泉 [写真]=SMBC TOKYO SOLUA
フリーライター

 2024年4月23日、三井住友銀行のWリーグ参入が発表された。同チームは1955年創部と歴史があり、これまで社会人連盟に属して地域リーグや全日本社会人チャンピオンシップを主体に戦ってきた。

「『仕事』と『スポーツ』を両立させた女子アスリートの未来を見据えたキャリアモデルの確立」を目指して臨んだ1年目の今シーズン(2025−26)、チーム名も新たに「SMBC TOKYO SOLUA」とし、17名の選手がWリーグの世界へ足を踏み入れた。

 そのうち新人3名と移籍1名を除いた13名は、かつて実業団チームとして入部した選手たち。そのため、彼女たちにとってもWリーグ参入はバスケ人生にとどまらず、自身の人生設計の修正をも余儀なくされる大きな転機となった。それぞれのWリーグ挑戦に至った経緯や現在の思いとは。今回は実業団でのキャリアも長い中村和泉と熊倉菜々子をピックアップ。前回の熊倉に続き、2回目はキャプテンの中村をお届けする。

取材・文=田島早苗

Wリーグ挑戦を後押してくれた上司の一言

Wリーグ参入が決まったとき、現役を引退しようと考えたという中村キャプテン [写真]=SMBC TOKYO SOLUA

「初めてのホーム開幕戦でしたが、みなさんと一緒に勝利をつかむことができて本当にうれしいです!」

 2025年11月1日、TOYOTA ARENA TOKYO(トヨタアリーナ東京)で行われた新潟アルビレックスBBラビッツ戦に102-72で勝利し、シーズン2勝目を挙げたSMBC。試合後、中村和泉はマイクを握りしめながらWリーグ・フューチャーでは史上最多動員数となる4708人の前で声高らかに挨拶をした(翌日は5055人が来場し記録を更新)。

 開幕記者会見やメディア対応など新規参入チームの顔としてチームの特長や魅力、選手たちの思いを伝えてきた。カメラの前でも、大勢の観客の前でも堂々と話す姿は、さすがはキャプテンといったところだ。

 長く実業団でのキャリアを重ねてきた中村は、Wリーグ参入が決まったときのことを「全然予想もしていなかったので、びっくりしました」と振り返る。そして「最初はやらないという選択の方が強くて、いい区切りとしてここで辞めようかなと思っていた」と、当時の本音を語った。

 懸念点はやはり仕事とバスケットとのバランス。「実業団時代も仕事で練習に遅れたり、行けなかったりしたので、Wリーグになったら練習量も増えるし、厳しいのではないか」と考えたからだ。

 だが、心の片隅には「挑戦してみたい」気持ちはあった。様々な人に相談をし、チームメートからも一緒にやろうと誘われた。その中で「あくまでも気になっていたのは仕事面」だ。そんなとき、彼女の背中を押したのが上司の言葉だった。

「上司に相談する機会があったときに、仕事はいつでもできるし、たとえ私がいなくても業務が止まることはない。でも、バスケットは年齢的にも今しかできないから、まずは挑戦してみたらどうか、サポートはするよと言ってもらったんです。それが私の中では一番大きかったですね」

 今もその職場で仕事に励んでいる。繁忙期ともなれば業務量も増えるため、シーズン中盤には「自分では疲れていないと思っていたけれど、多分体は疲れていて(笑)、ちょっと熱を出しました」ということもあった。Wリーグ参戦1年目。毎週末の遠征など慣れないスケジュールで体調管理の難しさがあったのだろう。幸い、試合に影響はなく、ここまで20試合すべてに出場し、元気な姿を見せている。

「この年でも学ぶことはあるんだ」バスケットでの新たな発見

貴重なシックスマンとしてチームを支える存在 [写真]=SMBC TOKYO SOLUA

 試合では控えのポイントガードとしてシックスマンでの起用が多いが、一度ボールを持てば、安定したゲームメークで周りを落ち着かせ、大事な場面では自らが得点を挙げるなど、幾度となく窮地を救ってきた。まさに替えの利かない選手といえる。

「まだまだもっとできるようにはなりたいとは思っていますが、チームとして取り組んでいること、個人的に向上しようとしているスキルに関しては、リーグを通して通用するなとは感じています」という中村。彼女もまた、今シーズンからあらゆる面での変化を強く実感している。

「すべてが変わりました。個人的には食事。うちのチームは仕事の後に練習なので、終わる時間が遅く、以前は夜ご飯を食べないこともあったのですが、今は(練習後に)お弁当を用意していただいているし、管理栄養士にもいろいろと教えてもらっていて。コンビニでもそれまでは生クリームがたっぷりのったシフォンケーキなど食べたいものを買っていたけれど、タンパク質を重視するようになりました(笑)」

 そうした変化は「数字としても表れていますし、今までより走りやすさや体のキレが出たと感じます」と、プレーにもつながっている。バスケットの戦略戦術なども同様で、「この年になってもまだまだ学ぶことがあるんだという感じですね。初めて聞く用語もあったので、バスケットに対する幅は広がりました」と、新たな気づきは多い。さらには、「今は個人的なスキル練習もアシスタントコーチとしていて、できていないところを磨いていくことはすごく楽しいです」とも声を弾ませた。

Wリーグはこんなに細かくやっているんだと思いました」とは、参戦してみなければ分からなかったことだろう。一度は思い留まった世界。だが、覚悟を持って飛び込んだ先には新たなバスケットの楽しさが待っていたのだ。

「人生においてバスケットの存在は大きい」

新規参入チームを紹介するのも役割 [写真]=W LEAGUE

 1月に31歳になった中村は、社会人チームでも息の長い選手だった。

「辞めるタイミングが分からなかったですね。バスケットがない生活が正直考えられないというか、どういう感じになるかが見えてなかったし、体的にもプレーができないわけではなかったので、辞める理由もなかったというのもあります」

 中村の父、浩正氏は、地元山口県では名の知られた指導者で、現在コーチを務める徳山商工高校では今年度のウインターカップにも出場を果たしている。そして弟の功平は、茨城ロボッツで主力を担う選手で、母と妹もバスケット経験者と、バスケット一家で育った彼女には常にバスケットが身近にあった。

 8年間の実業団時代、ともに戦ってきた元チームメートの中には今回のWリーグ参戦について、「この話がもう少し早かったら挑戦してみたかった」と言っていた人もいたという。こればかりはタイミングや運としか言いようがないだろう。

 そんな中村に、この年齢でWリーグ挑戦のチャンスが巡ってきたことをどう捉えているかと問うと、「難しいなぁ」としばし考えた後、彼女らしい答えが返ってきた。

「でも、これがさらに年齢が上のときにこの話があっても、もしかしたらやってるんじゃないかなって思います。それだけ自分自身の人生においてのバスケットというのは大きいですね」

 バスケットが大好きで頼もしいキャプテン。

「雰囲気はいいと思います。今までの地域リーグと違い、どうしても試合に出られない選手が出てしまうことは若干気にはなっていたのですが、そんな私の心配は不要で、アジャストのときは相手チームの選手になりきってチームが勝つために何をするか、自分たちの役割を考えている。みんな一生懸命に取り組んでいるし、試合でも全員が出たときに自分ができる精一杯をコートの中で表現しているので、オフコートでも仲が良いことも含め、トータルしていいチームだなと思います」と、チームメートについて語る口調は少し熱を帯びていた。

 だが一方で、「でも、仲が良いことがプラスになる一方、練習ではみんなが負けないようにとやってはいても、トップのチームよりそこは足りていないんだろうなと思います」と、チーム内の競争について、冷静に課題として挙げる一面も見せた。

 現在、中村は1試合平均で9.0得点の数字を残しているが、「今野(駿)ヘッドコーチと話をしたときに1試合で2ケタ得点を目標にしていたと思うんです。だからもう少し。シュートを打つことはできているので確率を上げたいですね、特に3ポイントシュートを」という。

 そして最後には、チームを代表して残り4試合での抱負を力強く語った。

「身長が低い分、40分間走り切るバスケット。全力を出し切り、チームで戦うことを体現していって勝ちにつなげられればと思います。スピード感のあるバスケットを見てほしいです」

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