2025.06.27

古巣サンダーとの頂上決戦を見届けた佐藤絢美さん…NBAファイナルを支えた日本人スタッフの軌跡【前編】

9年ぶりに第7戦までもつれいた今年のNBAファイナル [写真]=Getty Images
ロサンゼルス在住ライター

 2024−25シーズンのNBAファイナルは、王者オクラホマシティ・サンダーと、25年ぶりのファイナル進出を果たしたインディアナ・ペイサーズによる激闘となった。第7戦までもつれる熱戦の裏側で、ペイサーズの一員としてチームを支えていたのが、佐藤絢美さんだ。現在はアシスタント・アスレチックトレーナー兼理学療法士兼スポーツ・メディスン・アドミニストレーターとして活動している。

 神奈川県横浜市出身の佐藤さんは、県立氷取沢高校(現・県立横浜氷取沢高校)でバスケットボール部に所属。高校卒業後、「バスケットボールに関わる仕事がしたい」という思いを胸に渡米した。ネブラスカ大学カーニー校でアスレチックトレーナーの資格を取得し、さらなる専門性を求めてオハイオ州のトリード大学大学院に進学。運動科学を専攻し、修士号を取得した。

 トリード大学院在学中にセントジョンズ・ジェスイット高校で有給インターンとして2年、卒業後さらに6年と計8年ヘッド・アスレチックトレーナーを務めた。その後、理学療法士の資格取得を目指してオハイオ州のデイトン大学大学院の博士課程に進み、臨床と学術の両面から研鑽を積んできた。

 このデイトン大学院での恩師が、現ペイサーズのパフォーマンス&スポーツ科学ディレクターを務めるフィル・アナロギー氏だった。当時、NBA選手のデータを用いた大規模なケガ予防研究プロジェクトがあり、佐藤さんはその一員に。「NBAに行きたかったので、その研究グループに入れていただきました」と振り返る。このプロジェクトの一環として各チームでデータ収集を行う中、オクラホマシティ・サンダーでのインターンシップの機会を得ることになる。

 サンダーでは傘下のGリーグチーム、オクラホマシティ・ブルーの業務を担当。当時ブルーのヘッドコーチを務めていたのが、現サンダーヘッドコーチのマーク・デイグノート氏だった。その後、デイトン大大学院を卒業した2019年にペイサーズ傘下のGリーグチーム、フォートウェイン・マッドアンツ(現インディアナ・マッドアンツ、2025−26シーズンからノブルズビル・ブームに改称)に加わり、ヘッド・アスレチックトレーナー兼理学療法士として実績を重ねた。そして2023−24シーズンから、ペイサーズ本隊のスタッフとしてNBAの舞台に立っている。

 ネブラスカ大時代にはBリーグ・川崎ブレイブサンダース(当時は東芝ブレイブサンダース)、大学院時代にはWNBAのデトロイト・ショック(現ダラス・ウィングス)でインターンを経験。整形外科に特化した専門理学療法士など多岐にわたる資格と経験を武器に現場での信頼を勝ち得てきた。

 ファイナルの最中にも、チームは来たるNBAドラフトに向けたワークアウトを同時進行で行っており、佐藤さんも多忙な日々を送る。それでも「楽しいです」と笑顔で語る表情からは、この仕事への誇りと情熱が伝わってくる。

 古巣サンダーと現所属のペイサーズ──どちらのチームでも実際にヘッドコーチの下で働いた経験を持つ佐藤さんだからこそ見える景色がある。NBAファイナル第3戦の翌日、彼女に両チームの違いや、自身の歩み、そして今後の展望について話を聞いた。

インタビュー・文=山脇明子

古巣vs現所属…ファイナルで実現した特別な一戦

ペイサーズのアシスタント・アスレチックトレーナー兼理学療法士兼スポーツアドミニストレーターとして活動する佐藤絢美さん [写真]=山脇明子

――今回のNBAファイナルは、佐藤さんにとって馴染みのあるチーム同士の対戦ですが。

佐藤 両方のチームで働いたのでよくわかりますが、本当にリーグトップだと言っていいぐらい、いい球団同士の戦いです。選手はもちろんですが、どちらも人をすごく大事にするチームで、どの立場の選手、スタッフに対しても同じように気にかけてくれます。選手の獲得の際にも性格をしっかり見ていて、「みんなで勝つ、みんなで頑張ろう」という戦い方をします。

 何が素晴らしいかというと、両ヘッドコーチによるリーダーシップ。マネジメントとコーチ陣の統率力が、ものすごく高い。よく「この2チームの対戦はスモールマーケット同士で驚きですか?」と聞かれますが、私はまったくそう思いません。来るべくして来た、積み上げたものが実を結んだチーム同士の対決です。

――どちらも思い入れのあるチームで、気持ちが入りますか?

佐藤 もちろんです。今はペイサーズで働いていますが、オクラホマでインターンをしていたとき、主にGリーグの業務を担当していて、そのときのコーチ陣全員にお世話になりました。現在はその全員がサンダーのコーチングスタッフになっています。

 特にコーチ・マーク(デイグノートHC)にはとても感謝しています。当時の私は、自分らしさを出すことに苦しんでいて、「失敗できない」とプレッシャーを感じていたんです。そんな時、コーチ・マークが内向的な性格でも成功できるという趣旨の本をくれたり、忙しい中でも時間を割いてアドバイスをくれました。「こういうところを伸ばすといいよ」と言ってくださって、心がとても救われました。

 今のペイサーズでも、Gリーグにいた時からコーチ・リック(カーライルHC)にお世話になっています。直接一緒に働いていたわけではないですが、すごく気にかけてくださって、さまざまなメンターシップを受けました。当時私はヘッド・アスレチックトレーナーだったので、リーダーとしてどうあるべきかという点についても、多くのアドバイスをいただきました。

 コーチ・マークもコーチ・リックも、私だけでなく他のスタッフや選手にも同じように接する人です。だからこそ、選手もスタッフも彼らについていく。そんなリーダーのいるチーム同士の対戦という意味でも、非常に意義深いファイナルでした。

「バスケでやる」と決めたから、後悔は一度もない

かつてはサンダーのデイグノートHC(左)のもと、現在はペイサーズのカーライルHCのもとでスタッフとて働いている [写真]=Getty Images

――バスケットに関わる仕事をしたいと思って渡米し、大変な勉強を重ねてこられたわけですが、自分の決意に後悔したことはありますか?
佐藤 
ないです。バスケでやるって決めていたので、勉強も楽しくて。目標ではあるもののNBAで働けるとは思っていませんでしたが、「いいチームで働きたいんだったら、これとこれは持っていなきゃいけないスキル」っていうのを書き出して、それを逆算した結果、「やっぱりこの学校でこれを学ばないといけない」「この学校ではこれを学ばなきゃいけない」とやっていました。全部、楽しんでやっていました。

――でも、実際は勉強って難しいじゃないですか。どうして頑張れたのですか?
佐藤 
バスケが好きだったからですね。

――英語はもともと得意だったのですか?

佐藤 全然です。あまり大きい声では言えないですが、Be動詞もわからないで来ました(笑)。

――この仕事をしていて、一番のやりがいは、どういうところにありますか?
佐藤 
みんな、NBA選手のことを「エリートのスポーツ選手」って言うじゃないですか? もちろんエリート選手なんですけど、ここまで来るのにいろんな壁を乗り越えてきた人たちの集まりなので、みんな「エリートヒューマン」です。選手もコーチもスタッフも、人間としてエリートの人ばかりです。

 学校では教えてもらえない難しい状況もあります。人との関わり方だとか。例えば、自分が誰よりも練習しているってわかっていても、隣のチームメートが先にコールアップされたり、契約をもらえたりすることもある。でもその時、ブスッとしてはいけなくて、笑顔で「おめでとう」って言わなきゃいけない。

 頑張っても報われる保証がない中で、それでも毎日努力を続けられるメンタリティー、どうやって心を保つか─そういうスキルを人生を通して身につけた人たちの集まりなんです。そういう環境の中で働いていると、人間として成長させてもらえる。それが、バスケ以上に大きな経験だと感じています。

――逆に、この仕事の大変なところは?
佐藤 
楽しいことが大きすぎて、あまり思い浮かびませんが……。例えば、午前3時に帰ってきて、4時まで眠れなくて、でも朝8時〜9時には起きなきゃいけない、というようなタイムチェンジの調整は、なかなか大変です。

 あとは、競争率が高い世界なので、自分の中の知らなかった一面に気づかされることもあります。「あら、私ってこんなに嫉妬深い人だったんだ」とか(苦笑)。でも、それはただの戦いじゃなくて、チームとして働く以上、どう自分の感情と向き合い、人間として後悔のない受け止め方ができるか──そのチャレンジです。

 自分自身への挑戦ですね。人間として成長できるように、日々の選択や行動を重ねていくのは大変ですが、それでも「人として、いい生活ができている」と思えます。
(後編に続く)

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