2026.01.15
日本代表の将来を担う存在として嘱望されるシアトル大学の川島悠翔が、バスケットボール人生の大事な局面に立っている。
中学のときから目指していた全米大学体育協会(NCAA)1部(D1)で、これまでに経験したことのない壁にぶち当たっているのだ。
「(D1は)ずっと目指していた場所だったので、そういったところで『ミスしたくない』と思うと、思い切ったプレーができなくて。そこが良くなかったとすごく後悔している部分があります」
アンダーカテゴリーからさまざまな大会で活躍し、名門・福岡大学附属大濠高校(福岡県)では1年生のときから主力として「SoftBank ウインターカップ2021 令和3年度 第74回全国高等学校バスケットボール選手権大会」で優勝。大会のベストファイブにも選出された。高校3年生になる前に同高を中退して「NBAグローバルアカデミー」に入り、成長の場を日本から世界に広げてさらなる飛躍を目指した。
「アカデミーにいたころは全部が新しいことばかりだったので、ついていくことに必死で評価されようとかあまり考えていませんでした」と言う。だが、D1にたどり着き、「いろいろな壁があった。自分の中でも想像がつかないようなことがあったので、そこは少し思いどおりにいっていません」と戸惑いの表情を見せた。
「バスケが本当に大好きで、NBAの試合を見たりしていて、最高峰のレベルでやりたいという気持ちが芽生えました」と話す川島は、中学生のときからNBA選手になることを夢に海外へ目を向けていた。NBAに一番近づける道は何かと考えたときに「渡邊雄太選手だったり八村塁選手が示してくれた道があると思った」。その場所がアメリカであり、D1だった。希望が叶い、一昨年の夏、シアトル大への進学が決まった。同大は今シーズンから八村の母校ゴンザガ大学も加盟するウエストコースト・カンファレンスに所属している。

思いどおりに行かないことも多い中、シアトル大で研鑽を積む [写真]=Andrew Khuav/Seattle U Athletics
最初の壁は、ケガだった。入学早々、9月の練習中のアクシデントで脳震盪と左眼窩底骨折を負った。2カ月ほど戦線離脱となったこのケガの治療と環境に慣れることなども考慮されて1年目はレッドシャツで過ごすことになった。
環境へのアジャスト面も含め、本人は「レッドシャツになったのは間違いだと思ってない」と断言する。ただ、「昨シーズンはレッドシャツと割り切ってチームに同行していましたが、今シーズンはプレーするという気持ちでシーズンをスタートしたので」と川島。「でも、なかなか試合に出られず、チームのコンセプトに合っていなかったのかなという(葛藤)がありました」と悶々とした日々について話した。
川島は、アジアカップでのロスター入りを目指して奮起していた昨夏、強化試合の「日本生命カップ2025(東京大会)」オランダ戦ゲーム1で4オフェンスリバウンドを含むゲーム最多の13リバウンドを奪う活躍を見せた。シアトル大での1年目にプレーしなかったため1年ぶりの実戦だったこともあり、復帰に向けて大きな自信となった。
強化試合での出場のあと選考からは漏れてしまったが、8月半ばにU23日本代表メンバーとして「GLOBL JAM 2025 Canada Toronto」でプレーし、ブラジル相手に17得点5リバウンド、カナダ戦では17得点8リバウンド2アシスト2スティール3ブロックショットとオールラウンドに奮闘した。これらの代表活動のためにチームの夏の練習は半分を逃したが、「代表で得たことがあった」と手応えをつかんで挑んだ今シーズンだった。
だがレギュラーシーズン全日程を終えて、出場したのはノンカンファレンスゲーム3試合と、カンファレンスゲームではポートランド大学戦での4秒だけ。12月のワーナーパシフィック大学戦では、NCAAではなくNAIA(National Association of Intercollegiate Athletics)に属するチームが相手だったものの、約14分半の出場で12得点7リバウンド1ブロックショットの好プレーを見せた。
しかし、それが次戦からの出場時間につながることはなく、「どこをモチベーションに練習や自主練をして頑張ればいいか、すごく悩んだ時期がありました。あまり自主練もモチベーションがなく、やりたくないなという日々がすごく続いていました」。それでも気持ちを持ち直し、「全試合でしっかり準備して、いつ出てもいいようにというマインドセットをしっかり作らないといけないと思って、そこをモチベーションに今は頑張っています」と前を向き続けた胸の内を明かした。

昨夏、日本代表の一員としてプレー [写真]=野口岳彦
なかなかやる気が出なかったときに自らを引っ張ってくれるチームメートにも恵まれた。川島と同じく昨シーズン、レッドシャツで今シーズンが1年目となるフォワードのレイ・アダムズだ。
「彼もあまり試合に出られなくて。でもずっと努力してひたむきにやっているので、彼を見て『自分もこんなことで落ち込んでいてもしょうがない』とすごく思いました。彼には本当にいつも感謝しています。自分一人だったらどうなっていただろうと思うぐらい(彼の存在が)心の支えになっています」。アダムズとは、練習後も空き時間も、いつも一緒に練習を重ねている。
また元チームメートの存在も助けになっている。「自分はあまり相談しないタイプ」の川島は、福大大濠高の一つ先輩で、ともにチームを引っ張った湧川颯斗(三遠ネオフェニックス)と仲が良く、「尊敬しているので、いろいろ相談したりします」と言う。実際、湧川の言葉というのは、「頑張れよ」というようなあっさりしたものらしいのだが、それが逆に「あまり深く考えずに頑張らないと」と気を晴らしてくれる。
昨年夏に日本に帰った際には、渡邊雄太(千葉ジェッツ)がピックアップゲームに誘ってくれた。その際、「ご飯に連れていってください」とお願いすると、渡邊は安藤周人(アルバルク東京)も誘い、3人で食事をともにした。そこでは「どういう生活していたとか、どういう思いでやっていたとかいろいろな話をしてもらいました。チャンスをしっかりつかみ取るという話を聞いて、自分もチャンスがいつ来るかわからないので、しっかり頑張ろうと思いました」。
渡邊は、川島が元々お手本にしている選手でもある。同じアメリカで目標を達成した先輩からの話は現実味があり、大きな励みとやる気につながった。
現在はシアトル大の主力として活躍している韓国出身のヨ・ジュンソクも川島を支えた一人だ。今シーズン、シアトル大に転校してからは、体調不良で欠場したレギュラーシーズン最終戦を除いて全試合にスターターとして出場したが、転校前に在籍したゴンザガ大での2シーズンは1試合平均出場時間が約6分で、ベンチを温めることがほとんどだった。
それもあり、川島が最後の5分ほどプレーした試合後に「僕も最後の5分しか出られなかったことがあったから、その気持ちはすごくわかる。これからも頑張ればチャンスはある」と声をかけてくれるなど、川島の立場を自らの過去に重ねて励まし、アドバイスもくれる存在で、「 彼を見て諦めずに頑張ろうと思いました」。憧れでもある先輩の言葉が胸に響いた。
ちなみに、国際試合でこれまでも対戦し、今後も対戦するであろうジュンソクとは練習でマッチアップすることも多く、「勝手に(スカウティング)させてもらってます」と笑みを見せた。

ベンチからチームメートを鼓舞する川島 [写真]=山脇明子
日本では、常にチームの軸としてプレーしてきた。それだけに全米の高校生の中で1パーセントしか入れず、米国外も含めて選りすぐりの選手が集まるD1では、これまでにない気持ちの焦りを感じている。
「アンダー世代だったら、自分がリーダーという気持ちがすごくあったので迷わず行けていましたが、こういう高いレベルになってくると、すごく迷いが生じちゃって状況判断がうまくできないような場面がたくさんあったので、そこは課題だとずっと思っています」。コーチから言われた課題も「状況判断」で、「焦ったりとか、自分のミスにすごく戸惑ったり悩んだりして、自信をなくして思い切ったプレーができなかった。メンタルが安定していなかったのが原因かなと思う」と打ち明けた。
アンダーで、特に年少の立場でプレーしていたときは、「失敗してもいい」という気持ちで臨めた。それだけに「失敗とか考えていたら自分も成長できない。どんなにいいプレーヤーでもメンタルが良くないと活躍できない」とマインドセットを過去の自分に戻すつもりでいる。
エース級の活躍をしてきた選手にとって、ベンチに座っている時間が長く、出場できるチャンスがあるかないかもわからない日々は最悪だ。それでも日本に戻ってプレーすることを考えているかと問うと、「卒業まではこっちでやって頑張ろうと決めているので、今はBリーグは考えていません」と即答した。
「せっかく成長できるチャンスがあるので、こんな機会を無駄にしたくないし、この壁を乗り越えたらすごくいい選手になれると自分でも確信しているので、今は(アメリカで)頑張りたいなという気持ちがあります」。
日本でエリート街道を歩んできた希望の星にとって、今ぶち当たっている壁は、チャンス以外の何でもないのである。
文=山脇明子
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