2026.06.14

ナイジェリア代表の一員としてWNBAスパークスと対戦 [写真]=Getty Images
深緑のナイジェリア代表のユニフォームを身に着け、WNBAロサンゼルス・スパークスとの試合を控えたイゾジェ・ウチェが、試合前のシュート練習を終えて戻ってきた。
「母国のユニフォーム姿は、やはりご家族にとってうれしいんじゃないですか?」
そう聞くと、ウチェはこう答えた。
「喜んでくれてはいます。でも日本も好きだから、日本の代表になってほしいという気持ちもあったんじゃないかな。だけど、どうしようもないから。私はナイジェリア人だし」と言った。
外国人の日本国籍取得の居住要件は、今年4月に「5年以上」から「原則10年以上」に引き上げられた。
昨年、日本に残るのか、それとも日本を出てシラキュース大学に進学し、WNBA選手になるという夢を追いかけるのか選択に迫られたときも、そこが最も悩んだ部分だったのだが、その要件が厳格化されたことで、ウチェにとって日本の国籍取得の望みはさらに薄れてしまった。
「日本代表になりたいけど、今はもう難しくなってしまいました。ずっと待つことはできないし、ナイジェリアのチームが呼んでくれたので(ナイジェリア代表で)やろうと思いました」と胸中を明かした。
実際には、WNBAと対戦した試合はFIBAの公式試合ではないため、ナイジェリア代表としてこれらに出場したとしても、今後日本代表になることは可能だ。ただし、女子バスケットボールは9月4日からドイツ・ベルリンで「FIBA女子バスケットボールワールドカップ2026」を控えている。ウチェが同大会に出場するナイジェリア代表のロスター入りすれば、今後日本代表になることはほぼ不可能になる。それも覚悟のうえでの決断だった。
スパークス戦でベンチ入りしたナイジェリア代表12人のうち、ウチェを含めた6選手が2025-26シーズンに全米大学体育協会(NCAA)1部(以降DI) でプレーした選手。このWNBAチームとの3試合を前に発表されたトレーニングキャンプのロスター21人のうち、15選手がDI所属選手とナイジェリア代表は現在若返りを図っている。ナイジェリアは、4月1日の発表時点でFIBA世界ランキング8位の強豪国。そのメンバーの入れ替え時期に突入したとなれば、いつまでもどの国にも所属しないで待つよりも、挑戦したいと思うのは、選手ならば当然のことだ。同国代表のリナ・ワカマヘッドコーチがWNBAシカゴ・スカイのアシスタントコーチであるため、WNBAとの3戦を指揮したワニ・ムガングジアソシエイトHCによると、この3試合で将来的に代表入りする選手、またワールドカップのロスター入りできる選手を見極めていくという。
ウチェは昨年、アフロバスケットボールのナイジェリア代表予備メンバー入りしていたが、実際ナイジェリア代表に加わったのは今年が初めて。そして、この1年の間にシラキュース大でポストシーズンも含めて全33試合にスターター出場し、1試合平均15.6得点9.2リバウンド3.6オフェンスリバウンド2.6ブロックショットを記録。DIの主要カンファレンスであるアトランティックコースト・カンファレンス(ACC)の年間最優秀新人王となり、オールファーストチーム、オールディフェンシブチーム、オールフレッシュマンチームにも、リーグのブルーリボンパネルによる投票とヘッドコーチによる投票それぞれで選出された。
ウチェが加入したシラキュース大は、2024-25シーズンの12勝18敗から、2025-26シーズンは24勝9敗と成績を大幅に向上させ、さらにNCAAトーナメント2回戦まで勝ち進んだ。1回戦のアイオワステイト大学戦で25分の出場ながら23得点してチームを勝利に導いたウチェについて、2回戦で対戦した昨季の覇者コネチカット大学の名将ジノ・オーリエマHCが「今シーズン見た中で一番の選手だと思う」(ASAPより)と言うなど、アメリカで存在感を示してきた。ムガングジコーチも「彼女はいろんな場所からスコアができる。自らのショットをクリエイトできるし、チームメートのためのプレーもできる。リバウンドを取り、ディフェンスにおいてのスイッチもいい。多才な選手でゲームにインパクトを与えることができる」と話した。
スパークス戦では序盤、いつも決まるようなショットが外れるなどリズムをつかめずにいたが、後半は自らのプレーを取り戻し、ベンチから22分あまりの出場で10得点、5リバウンドをマークした。ムガングジコーチも「最初は緊張していたようだが、彼女にとっては初めての試合であり、それは普通のこと。彼女がチームに持ち込んだプレーを誇りに思うし、彼女なら今後、チームの顔であり続けてくれると信じている。今はまだだが、将来的にはそうなれるほどの才能がある」と期待を寄せた。
26点差と完敗だったが、ウチェ自身もWNBAチームと対戦するという貴重な経験をし、「すごく速いし、頭がいいし、みんなシュートが入る。ドリブルもうまいし、とにかく全てうまいです」と、レベルの高さを実感したようだったが、「最初はシュートを打っても全然入らなかったけれど少しずつ入るようになったので、あのレベルについていけるようにこれからも頑張っていきたい」と意欲を高めた。2日後のミネソタ・リンクス戦では、スターターとして21分半プレーし、8得点7リバウンド2アシスト。3戦目のインディアナ・フィーバー戦は、セメスターの終盤となった大学に戻らなければならず、欠場した。
中学2年生のときにナイジェリアから京都精華学園中学校に入り、同校の高等部に進学。2022年に「令和4年度全国高等学校総合体育大会バスケットボール競技大会(インターハイ)」と「SoftBank ウインターカップ2022 令和4年度 第75回全国高等学校バスケットボール選手権大会」の両大会で同校を優勝に導いた。
高校卒業後はWリーグのシャンソン化粧品に所属し、2023-24シーズンの新人王に選出された。2年目の2024-25シーズンにはセンターとしてレギュラーシーズンのベスト5入りを果たした。それだけの経歴を残したあとだったが、1年前は未知の世界であるアメリカのバスケットボールに飛び込むこと、帰化して日本代表選手になりたいという希望が遠ざかることの不安でいっぱいだった。
だが、今は表情に自信があふれている。

表情には明るさがあふれる [写真]=山脇明子
「大学1年目は、思ったよりバスケがうまくできました。チームメートとも仲良くできて、たくさんの賞ももらって、めちゃうれしいです」と明るく話すウチェ。53点差という敗退を喫した最後のコネチカット大戦も「うまくいきませんでしたが、みんな気持ちが切れることなく頑張れたと思います。まだまだだなと思ったし、勉強になりました。もっと強くなって来シーズンに臨みたいと思いました」と向上心につながっている。
アメリカでは無名の状態でシラキュース大に進学し、頭角を現したウチェの存在は、NCAAでも話題になった。ウチェの代理人ズラート・コロメ氏によると、ウチェを転校生として獲得したいとの問い合わせも多く届いたという。だがウチェは、「シラキュースのコーチ(フェリシャ・リゲット ジャックHC)が好きだし、みんな仲が良くて、優しさもお互いのリスペクトもあるこのチームのカルチャーも好きだし、残された仕事がここにあるから、ここでやろうと思いました。シーズンの終わり方が良くなかったから、(今度は)ちゃんと終わりたい。シラキュースでもっと強くなって、もう一度NCAAトーナメントに行きたい。ファイナル4まで勝ち進みたいという思いがすごくあります」と言い切り、シラキュース大で引き続きプレーすることを決心した。
DIの強豪がそろうACCで好成績を残し、NCAAトーナメントも戦い抜いたことで、目標のWNBA挑戦も現実的になったかに思われたが、シーズン終盤に本人に聞いたときと変わりはなく、「考えていないです。全然まだだと思っているので」とウチェ。「大学を終えるために来たので、大学が終わって、その次のステップとしてWNBAに行きたいと思っています。あと3年か、2年かですね」と改めて心中を打ち明けた。
「ジャンプシュートやドライブはできました。でも来シーズンはもっと3ポイントが打てるようになりたい。ボールハンドリングも上達させて、リバウンドももっと強くなっていきたいです」
日本代表のユニフォームを着る希望は遠のいてしまった。だが、バスケットボール選手としての希望は、ますます広がっている。
文=山脇明子
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