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『B MY HERO!』
8月14日、「第11回バスケットボール・ウィズアウト・ボーダーズ・キャンプ・アジア2019」(以降BWBアジア)が東京都内でスタートした。
2012年以来2度目の日本開催となったBWBアジアでは、ケボン・ルーニー(ゴールデンステイト・ウォリアーズ)とロビン・ロペス(ミルウォーキー・バックス)という現役NBA選手がコーチとして来日している。
そしてNBAチームでアシスタントコーチ(AC)を務める本格的なコーチングスタッフが選手たちをサポートしているのだが、ここではサム・カセール(元ヒューストン・ロケッツほか/現ロサンゼルス・クリッパーズAC)を紹介したい。
1993年ドラフト1巡目24位でロケッツから指名されたカセールは、190センチ83キロのポイントガードとしてNBA入り。ロケッツは92-93シーズン、大黒柱のアキーム・オラジュワン(元ロケッツほか)を中心に、ウエスタン・カンファレンス2位となる55勝27敗をマークしており、カセールのルーキーシーズンとなった93-94シーズンは、優勝候補の一角という高い評価を得ていた。
93年10月にマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)が1度目の現役引退を発表したことで、リーグはオラジュワン、デイビッド・ロビンソン(元サンアントニオ・スパーズ)、パトリック・ユーイング(元ニューヨーク・ニックスほか)といったセンターが主役に躍り出て、ディフェンシブなゲーム展開に。
ロケッツはルディ・トムジャノビッチHC(ヘッドコーチ)の下、オラジュワンを絶対的な柱とし、バックコートにはケニー・スミスとバーノン・マックスウェル(共に元ロケッツほか)、フォワードにロバート・オーリー(元ロサンゼルス・レイカーズほか)とオーティス・ソープ(元ロケッツほか)というスターターを形成。カセールはスミスのバックアップとしてNBAデビューとなった。
このシーズンのロケッツは、開幕から破竹の15連勝(当時リーグ歴代トップタイ記録)を記録するなど、開幕23試合を終えて22勝1敗と爆走。その後も白星先行で勝ち続け、ウエスト2位の58勝24敗をマークし、オラジュワンはMVPを獲得。
ルーキーのカセールは66試合(うち先発は6試合)に出場し、平均17.0分6.7得点2.0リバウンド2.9アシストとまずまずの成績を記録。そしてプレーオフに入ると、平均21.7分9.4得点2.7リバウンド4.2アシストと数字を上げていく。ロケッツはカンファレンス・セミファイナルでチャールズ・バークリー率いるフェニックス・サンズと第7戦までもつれる激闘を勝ち抜くと、ウエスト決勝ではユタ・ジャズを5戦で下してファイナルへ。
ファイナルの相手はユーイングを軸に、フィジカルコンタクトに秀でたディフェンスを武器にイースタン・カンファレンスを勝ち抜いたニックス。初戦こそロケッツが勝利したものの、第2戦ではアンソニー・メイソン(元ニックスほか)の肉弾ディフェンスにオラジュワンが苦戦。シリーズ戦績を1勝1敗とし、第3戦を迎えた。
両チームとも得点が100に届かないディフェンシブでロースコアな展開となった第3戦は、終盤までもつれたのだが、試合を決めたのはルーキーのカセールだった。オラジュワンからエキストラパスを受け取ったカセールは、トップ・オブ・ザ・キーから迷わず長距離砲を放ち、鮮やかにリングを射抜いた。この試合、カセールにとって3本目となった3ポイントが決勝弾となったのである。
ロケッツとニックスによる頂上決戦は、両チームとも1度も100得点に達することはなかったものの、大激戦の末にロケッツが第7戦を制してフランチャイズ史上初優勝。ファイナルMVPにはシリーズ平均26.9得点9.1リバウンド3.6アシスト1.6スティール3.9ブロックと大車輪の活躍を見せたオラジュワンが獲得したのだが、カセールは平均10.0得点3.1リバウンド2.9アシスト1.3スティールに3ポイント成功率43.8パーセントというすばらしい成績で優勝に貢献。
14日に行われたBWBアジアの記者会見終了後、ルーキー時代から強心臓ぶりを発揮していたカセールへ、試合前に自分自身にスイッチを入れるようなルーティンがあったのかと聞いてみた。するとカセールからはこんな答えが返ってきた。
「ルーティンがあったというよりも、その瞬間瞬間を自分のモノにしようという気持ちが非常に強かった。今回のキャンプ参加選手たちにも言えるんですけど、こういったいい機会を自分のモノにして、持って帰ってやるという気持ちが強かったですね」。
オラジュワンやソープ、スミスなどNBAで経験を積んできたベテランが主力を務めるロケッツにおいて、カセールはルーキーながら見事なパフォーマンスを見せていたと言っていい。
今年10月に行われるジャパンゲームズで、ロケッツは1992年以来2度目の来日を果たすこととなる。今季でNBA53シーズン目となるのだが、このチームはNBAチャンピオンに2度も輝いている。2度目の優勝は、翌95年に達成したものだった。
ディフェンディングチャンピオンとして迎えた94-95シーズン。ロケッツは開幕9連勝と絶好のスタートを切ったものの、主力のケガと得点力不足に苦しみ、95年2月にソープらを放出し、ポートランド・トレイルブレイザーズからクライド・ドレクスラー(元ブレイザーズほか)らを獲得。ソープというパワーフォワードを失ったものの、ロケッツはヒューストン大学時代のチームメート、オラジュワンとドレクスラーという超強力タッグを形成。
ロケッツのシーズン成績はウエスト6位の47勝35敗で、プレーオフ1回戦(当時は3戦先勝)の相手はウエスト2位の60勝を挙げたジャズ。1勝2敗とシリーズ突破に王手をかけられる窮地に陥る中、ロケッツはオラジュワンとドレクスラーの大爆発で見事2連勝し、1回戦を突破。
続くウエスト準決勝ではサンズ相手に1勝3敗とまたもや窮地に追い込まれたのだが、2連勝で第7戦まで持ち込み、最後はオーリーのアシストからマリオ・エリー(元ロケッツほか)が左コーナーからシリーズを決する3ポイントをねじ込んで劇的勝利。
ウエスト決勝の相手は、“提督”ロビンソン率いるスパーズ。このシリーズはロケッツがアウェーで2連勝すると、スパーズも負けじとアウェーで2連勝を飾るという“外弁慶”シリーズに。
だがここで、ロケッツはスターターを変更。オラジュワンの周囲にスミス、ドレクスラー、エリー、オーリーという3ポイントを決めることができる4選手を配置したことでオフェンスの脅威が増し、スパーズを2連勝で下して2年連続のファイナル進出を果たした。
2連覇をかけたファイナルの対戦相手となったのは、チーム創設6シーズン目のオーランド・マジック。シャックことシャキール・オニール(元レイカーズほか)とアンファニー“ペニー”ハーダウェイ(元マジックほか)という飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進中の若きスーパースターデュオを擁するチームだった。
だが、シリーズは予想外の展開で幕を下ろすこととなった。第1戦でマジックは大量リードを奪うも、スミス、オラジュワン、ドレクスラーらの活躍でロケッツが逆転勝利を収めると、第2戦ではカセールが31得点3アシスト3スティールの大暴れを見せるなどロケッツが快勝。
第3戦では終盤にオーリーが値千金の3ポイントを放り込み、ロケッツが2連覇に王手をかける。そして第4戦、ロケッツはオラジュワンを筆頭にバランスよく得点してマジックをねじ伏せ、第6シードから奇跡ともいえる優勝を飾ったのである。
「95年の時は第6シードでしたので、激闘を繰り返しながらファイナルへと勝ち進んできました。そこで、シャックやペニーのいるマジックをスウィープしたことは非常に印象に残っています」とカセール。
2連覇した当時のロケッツについて、カセールは「非常に正しく構成されたチームでした。皆はオラジュワンがスターだと分かっていて、オーリーやマックスウェル(94年のみ)、ケニー・スミスといった選手たちが、それぞれ自分の役割をしっかり把握している、非常に優れたチームでした」と振り返った。
カセールが明かしたように、ロケッツはオラジュワンの存在が別格ではあったものの、ドレクスラー(95年のみ)やオーリー、エリー、スミス、カセールといった選手たちが日替わりでヒーローになるなど、相手チームにとってはディフェンスすることがきわめて難しいチームであり、申し分ないチームケミストリーを奏でていた。
その後、カセールはニュージャージー・ネッツやミルウォーキー・バックス、ミネソタ・ティンバーウルブズ、クリッパーズなどでプレーし、07-08シーズン途中に加入したボストン・セルティックスで自身3度目の優勝。現役引退後の09-10シーズンからワシントン・ウィザーズのACへ就任し、14-15シーズンからはセルティックス在籍時の指揮官ドック・リバースHCの下でACを務めている。
今夏ロケッツは、トレードでラッセル・ウェストブルックというリーグ屈指の選手を獲得。ジェームズ・ハーデンとの超強力タッグを形成し、優勝候補の一角としてプレシーズン期間にトロント・ラプターズとのジャパンゲームズを戦うこととなる。
クリッパーズのACとして、今季のロケッツをどう見ているかと聞いてみると、「非常にいいチームになることは間違いないですね。2人のMVP選手(ハーデンとウェストブルック)がいますので、倒すのが難しいチームになると思います。でもどちらかと言うと、彼らと対戦することを楽しみにしています」とカセールが返答。
カセールがACとして所属するクリッパーズも、今夏に大型補強を断行しており、昨季のファイナルMVPであるカワイ・レナード、リーグ有数の万能戦士ポール・ジョージを獲得した。両チームによる対決は、今季の注目カードの1つと言っていいだろう。
BWBアジアというキャンプが日本で開催されることはもちろんすばらしいことなのだが、カセールのようなNBAのレジェンドがコーチとして来日し、現役時代のことを話してくれる機会があることも、NBA好きにはたまらない瞬間である。
ここ日本でロケッツが2連覇を成し遂げた当時を知る者は決して多くないだろうが、第6シードから勝ち上がり、見事なフィナーレを迎えたチームとしてバスケットボール界では永遠に語り継がれていくに違いない。
取材・文=秋山裕之
※「サム・カセール」の表記をこれまでは「サム・キャセール」としておりましたが、今回の取材で「カセール」との表記が発音に近いと本人から指摘を受け、バスケットボールキングでは今後「カセール」と表記いたします
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