2022.11.18
5季目を迎えた渡邊雄太のNBAシーズンは、無保証の「キャンプ契約」という決して満足できる立場でのスタートではなかった。しかし、渡邊はそれを受け入れ、そこから開幕ロスターの座をつかむ。さらにケガで欠場するまでは試合を締めくくるクロージングラインナップとしてプレー、そしてエースのケビン・デュラントの信頼を得るまでの存在となった。「自分が上を目指しているからこそ当たる壁」…積み重ねた努力が後押しした渡邊雄太の決断について、ライターの山脇明子氏が現地からレポートする。
文=山脇明子
「Gリーグからスタートしてプレータイムをもらい、自信や力をつけた上でNBAからのコールアップを狙うのがいいんじゃないかなと思った」(NBAジャパンの公式サイトより)
昨季トロント・ラプターズでNBA4年目のキャリアを送っていた渡邊は、プレシーズンゲーム開始直後の練習中に左ふくらはぎを痛め、シーズン開始に間に合わなかったが、故障から復帰後の12月には得点とリバウンドでダブルダブルを2度記録するなど、NBA選手として実績を積み重ねていた。ところが、年明け早々に新型コロナウイルスに感染。以降は調子を取り戻すことができず、出場時間が限られた。そんな中、自ら志願してラプターズ傘下のGリーグチームでプレー。渡邊は同試合で24得点10リバウンド4ブロックと大活躍でチームに勝利をもたらした。
その翌日にはラプターズに戻った渡邊だが、NBAの方ではリズムを取り戻せず、なかなか出場機会を得られない日々が続いた。
だが、再びGリーグに戻ることはなかった。
一つ目の理由は、「Gリーグに行って何回かプレーしてリズムを取り戻したとしても、こっち(ラプターズ)で試合に出られるとは限らない」こと。そしてもう一つは、「別にあの試合で自分がいいプレーをしたとは思っていないんですけど、それでもあれだけの数字が残せるということは、(自分は)Gリーグでやる選手ではないという風にあの時思った」からだった。コロナ感染後の不調から、あの試合だけ回復したとは思えない。もちろん使われ方にもよるのかも知れないが、NBAでなかなか本調子が出ないという体調の中で、Gリーグでは抜きんでた力を発揮できたのだから、そう考えるのも当然のことだ。
渡邊は2ウェイ契約だったメンフィス・グリズリーズでの2年間、Gリーグのメンフィス・ハッスルでチームの主軸としてプレーした。フィジカリティと積極性をそこで育んで攻撃の中心となり、得意の守備では、味方の選手が止めきれなかった相手選手のマークを引き継いで止めた。プレーオフではポイントガードも務めてチームを勝利に導いたこともあった。
無保証から2ウェイ契約を勝ち取った3年目のラプターズでは、パンデミックの影響でGリーグのシーズンが約1カ月に短縮されたものの一度もそこに送られることはなかった。特にこのシーズンは、NBAキャリアで初めてローテーション入りして戦い、最終的にはNBA本契約を手に入れた。
2018年にNBAでキャリアをはじめて以来前進してきた渡邊にとって、昨季の1試合は、自らをGリーグから卒業させ、NBA選手としてさらに上を目指そうと自身を納得させるのに十分な経験だったのだ。
それにも関わらず、今オフ渡邊はGリーグから始めようとした。
「夏に日本代表で試合に出られて、それがどうしても楽しくて、そういうのも含めてプレータイムがもっと欲しいなと思いしました。昨季Gリーグでプレーしたあと結局最後までローテーション入りを果たせずに終わってしまったので」と渡邊。「終わった直後は来季もNBAでやりたいって思っていたんです。でも代表を経験して、自分の考えが、180度まではいかないですけど、かなり大きく変わった部分は正直ありました」
その夢を叶えた渡邊だが、バスケットボール選手の本望は、やはり“プレーすること”だ。
「代表の時は若い選手も多かったので、自分が引っ張る立場でしたし、アジアカップって別に何かにつながる大会だったわけではないですけど、もちろんみんな勝ちにこだわってやっていて、それにもろ直結する立場にいました。そこのハラハラ感は、なかなか(NBAでは)味わえていない部分でした。だから自分の中でもかなり考えた夏だったいう感じです」
バスケの楽しさを味わったあとに直面した「キャンプ契約」という現実だった。ストレスとプレッシャーで疲労困憊の生活。ロスター入りを果たしても、出場時間は限られる。そんなことを考えていると、体が多少拒否反応を起こしても何の不思議でもない。
「自分の中でも楽になろうとしていたというのが、たぶんどこかにあったんでしょうね。代表で、エースという立場で楽しい時間を過ごせて、またこの這い上がりからやり直すというのに自分の中で理由をつけて避けようとしていたのもあったのかなと思います」
プレシーズンゲームが行われたミルウォーキーでのシュートアラウンド後、そう話した渡邊の前では、エグジビット10契約でキャンプに参加していた若手らが、全体練習が終わったあとのコートを使ってコーチと練習していた。キャンプで開幕ロスター入りを目指すが、通常はその後解雇を経て、同チーム傘下のGリーグでプレーし、そこからNBA入りを目指す契約。渡邊は2年前ラプターズで、この契約から2ウェイ契約を勝ち取り、NBA本契約までこぎつけた。
今回エグジビット10契約ではないものの無保証でキャンプに参加した渡邊だが、この練習に参加しなければならない選手とは考えられていなかったようだ。
憧れのNBAに近づき、すべての練習を体全体に吸収させようとボールを突く若手の練習に目をやりながら、渡邊は言った。
「もしトレーニングキャンプに参加せずにそのままGリーグ行きにしていたとしてもこの期間ってどうせ自分で練習するしかやることがないので。じゃあどっちが自分にプラスかって考えたら、高いレベルに来てやることが絶対にプラスになると思いました。今となっては本当に来て良かった」
このオフ、複数のチームが渡邊に興味を持っていた中、渡邊側の話も受け入れた上で、最後まで声をかけてきたのが、ネッツとフェニックス・サンズとゴールデンステイト・ウォリアーズの3チーム。どこもキャンプ契約だった。そんな中、「早い段階からずっと言ってくれていたので、熱量とかも感じた」とネッツに決めた。
渡邊は結局開幕ロスター入りを決め、今ではローテーション入りし、クロージングラインナップにも入ってネッツにエネルギーをもたらす存在になっている(現地時間11月12日現在、左足首の捻挫で2試合連続欠場中)。
だが本人もシーズン開幕直後は、自分の出場時間は限られると認識していた。その時の言葉を振り返ると、なぜ渡邊が今の位置にいるかがわかる。
開幕2試合目で早くも古巣と対戦したラプターズ戦で不出場に終わり、次のグリズリーズ戦で6分あまりの出場に終わったあとのことだ。
「5年間ずっとそうなんですけど、僕が出ている時間って完璧じゃないといけないんですよ。例えば今日だったら6分だろうが、5分だろうが、もうちょっと時間が伸びようが、ミスが本当に許されない立場なので。本音を言うと凄く難しい。ずっと出ていたら、例えば最初の2、3本シュートを外したってまた次のチャンスがくるんですけど、僕の場合は1発目2発目必ず決めないといけないという状態ですし、ディフェンスでもミスは絶対に許されない。緊迫感というか、ちょっと変なプレッシャーというのはすごくあります」
だがそれは、世界最高峰の舞台であるからというのも理解している。
「こんな状況の中でバスケットをやれることなんて、ここでしか絶対にないので、それはもう自分が上を目指しているからこそ当たる壁ですし、他のリーグでやっていたら、こんなに悩むこともなかったんだろうなとも思います。こういう(プレー時間が限られる)立場になった時に一番良くないのが、このしんどさに負けてしまうこと。頭でわかっていても実際楽しめていない場面というのが結構あったりするので、そこはもうちょっと自分の中でポジティブになっていかないといけないと思っています」
最終的にトレーニングキャンプの競争に挑み、そこから這い上がるという苦しい方を選択した。しんどいことだと覚悟していたが、過去4年間積み重ねた努力が、渡邊の勇気を後押しした。
そして、Gリーグで多くのプレータイムを得てチームを引率する代わりに、NBAのコートで長い時間プレーし、勝敗を分ける場面でコートに立っている。
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