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京都精華学園が2年ぶり夏制覇…ケガで欠場したエース・吉田ひかりを思い戦い抜いた高山留里那

2年ぶり4回目のインハイ制覇を果たした京都精華学園 [写真]=吉田孝光
フリーライター

■準々決勝では値千金のシュート。様々な役割をこなした高山留里那

 7月28日から8月2日の期間で大阪にて行われた「令和8年度全国高等学校総合体育大会(インターハイ) バスケットボール競技大会」。2年ぶりにこの大会を制した京都精華学園高校(京都府)にとって、最初の山場は準々決勝の聖和学園高校(宮城県)戦だった。

 試合は前半を終えて京都精華学園が11点のリードを奪ったものの、第3クォーターに入ると聖和学園の猛追に遭う。同点で迎えた第4クォーターも互いに譲らず、勝負の行方は終盤までもつれた。だが、京都精華学園はその終盤に高山留里那(3年)が連続の3ポイントシュートを沈める働き。これで流れを引き寄せると最後は89-81で接戦をものにした。

「前半にエアボールの3ポイントシュートを打ってしまってチームに迷惑をかけたので、後半にシュートのタイミングがあれば思い切って練習どおりに打とうと考えていました。自分を信じて打ったら決まったので、それで流れを持って来ることができたかなと思います」

 試合後、高山は自身の3ポイントシュートについてこう振り返った。そして今大会をケガにより欠場となった吉田ひかり(3年)について話が及ぶと「ひかりはいつも中心となって声を出してくれているし、私がプレーでうまくいかなかったときは相談しています。インターハイに出られないというのはすごく悔しいと思うし、だからこそ、ずっと声を出して応援してくれているひかりの分も絶対に自分がやるという気持ちでいます」と、熱い思いを言葉に乗せた。

マルチな活躍で優勝に貢献した京都精華の高山留里那 [写真]=吉田孝光

 その後、京都精華学園は準決勝で大阪薫女学院高校(大阪府)、決勝では東海大学付属福岡高校(福岡県)と、いずれもタフな戦いを制して優勝。チームが戦った全5試合にスターターとして出場した高山は「私は大阪出身なので絶対に優勝したいという気持ちがありました。でも、先を見ずに1戦1戦全員で戦い抜くことができたのが良かったし、チームの成長につながったと思います」と、地元での全国制覇に声を弾ませた。

 さらに「ガードをするときもあれば、どんどんと1対1を狙っていくときもある。ディフェンスでもエースの選手を止めることもしないといけないので、そこは一緒に出ているメンバーを見ながら私が何でもできるように頑張りました」と言う。その言葉どおり、高山は落ち着いたプレーでゲームを組み立てたり、ハードなディフェンスを見せたりと攻防においてマルチな活躍が光った。特に準決勝と決勝では30分を超える出場時間で、大会を通しても大事な場面や緊迫した展開のときには必ずといっていいほどコートに立っていた。それは指揮官の信頼の表れではないだろうか。

「まさにそのとおりですね」とうなずいた山本綱義コーチは、こう続ける。「ディフェンスもボール運びも頑張る。シュートも長距離から短いのまで打つし、オールラウンドな選手に成長していると思います。(吉田)ひかりがケガをした分、私がやらねばという責任感がここにきてグッと増してきた。それが彼女を強くしているのではないかと思います」

 京都精華学園は、クォーター間の休みやタイムアウトが明けたときに、エントリーの選手たちと応援の選手たちとが向き合って拳を突き上げて一緒に掛け声を行う。高山は、このときに「いつもひかりの顔を見ています」と、準々決勝後に語っていた。

 しかし、当初は吉田はそのことに気づいていなかったようで、「それでひかりに言ったんです。『私のこと全然見てないよな』って。それからは見てくれるようになったんですけど、ひかりもいろんな人の顔を見たいって言ってて。だから『目合わんくても落ち込まんといて』って言われました(笑)」と、優勝を決めたあと、高山は笑いながら2人のやり取りを教えてくれた。

「ひかりはホテルのミーティングでも相手の特長やその日の試合の振り返りをしてくれたので、メンバーに入っている感じで一緒になって戦いました。ありがとうと伝えたいです」と、吉田への感謝の言葉を口にした高山。そして秋のU18日清食品トップリーグ、冬のウインターカップに向けては「最高学年になって引っ張っていかないといけないという自覚が今まで以上に芽生えました。インターハイは優勝したけれど、また初心の気持ちに戻って、次も一戦一戦全員でやるべきことを徹底して頑張りたいです」と、気を引き締め直していた。

■大ケガにより無念の不出場となった絶対的司令塔の吉田ひかり

金メダルを「リヤがかけてくれました」と吉田。応援席からチームを支えた [写真]=田島早苗

 一方、優勝の瞬間を応援席で迎えた吉田は、直後から遠目に見てもわかるほど激しく涙を流していた。「自分自身も(試合に)出たかったけれど、出ているメンバーが全力で最後まで戦ってくれて、もうそれに感動して泣きました。涙が止まらなかったですね」と、そのときのことを振り返る。それだけチームメートの勇姿には「すごく勇気をもらって、次は自分がプレーでみんなに恩返しができたら、もっと助けるプレーができたらいいなと思いました」と、心に響いたのだ。

 吉田は、昨年から司令塔を務め、今年はキャプテンも務めるチームの大黒柱。安定感あるプレーや勝負どころを逃さないシュートやアシストなどチームにとっては欠かすことのできない存在だ。

 しかし、春にヒザの半月板損傷という大ケガに見舞われる。すぐに行われた診断からはインターハイ出場は不可能という結果が出た。そのため、ケガをした直後は気持ちの切り替えが「難しかった」と、吉田は本音を漏らす。それでも、「自分はキャプテンなのでみんなに心配をかけたくないし、結構元気でいるようにしました」と、気丈に振る舞い続けた。

「準決勝や決勝はベンチの後ろで応援できたので、ハーフタイムなどにみんなに『こういうプレーをもっとやったらいいよ』とか、『ディフェンスでもう少しこの選手止めよう』とか、外から見て気づいたことは言うようにしていました」

 今できることを懸命に全うし、チームを支えた吉田。高山が触れた掛け声のシーンについては、「みんなが自分のことを見てくれていて、高山もそうだし、石井(日菜)や(ンガルラ)リヤもみんなこっち見ていました。目を合わせてほしいってみんなが言ってくるんですけど、1人しか無理なんで。いつもキョロキョロしながらやってました(笑)」と、語った。それもまた、吉田がチームメートからどれだけ慕われているかがわかるエピソードだ。

 山本コーチが「ものすごい根性でリハビリをしている」と言うように、今は完全復帰に向けてトレーニングなどを行っている最中。「試合に出られへんのがめっちゃ悔しいんで、ちょっとでも早く戻れるように死ぬ気で。言われたことにプラスアルファでやっている感じです」と、吉田の語気も強くなる。

「私が入ったことで、今のチームのムードを壊したくないなとは思うのですが、今日(決勝)も昨日(準決勝)もガードのところでターンオーバーが多かったので、そういう部分では自分がもっとしっかりしたら、チームに貢献できるかなと思っています」と、吉田。

「後悔して終わりたくないというのが一番にあるし、今大会もいろいろな人が声を掛けてくれて、頑張ってと言ってくれました。そういう人たちもそうですし、家族や先生たちにも恩返しをしたいので、それをプレーで体現できるように頑張ります」

 世代屈指のガードの一人で、京都精華学園が誇るリーダーは、仲間たちとともに冬の女王奪還に向け、再びコートに立つ日を目指す。

文=田島早苗

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