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バスケが嫌になった少年を変えた母の涙…山際爽吾、Bプレミアの舞台へ“チャレンジャー”として【TOBI»RUSH】

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アスリートが歩んできた人生の「キオク」の扉を次々と開き、そこからつながる「ミライ」への誓いや展望をアーカイブする連続インタビュー企画『TOBI»RUSH(トビラッシュ)〜キオクとミライをつなぐドア〜』。

今回、その扉を開いたのは、東京サンロッカーズで背番号6を背負うPG、山際爽吾だ。新潟県出身の24歳。福岡大学附属大濠高校、関西学院大学を経て、大学4年時の2024-25シーズンに特別指定選手として当時B3の岩手ビッグブルズに加入した。プロ1年目の2025-26シーズンはB2の岩手で54試合に出場し、1試合平均11.0得点、5.3アシストを記録。今季から東京サンロッカーズの一員となった。

「今のご自身を一言で表すとしたら?」という問いに、山際は少し考えてから「チャレンジャー」と答えた。「一番上のプレミアのリーグにチャレンジする機会をいただけましたし、今、絶賛プレシーズン中で、自分が新しいことにチャレンジしているので、チャレンジャーかなというふうに思います」(取材は2026年9月中旬)。

一方、コートを離れた自分については「ずっと寝てばかりなんで、ねぼすけみたいな感じですかね」と照れ笑い。練習がない日は基本的にリラックスして過ごし、「外に出てリラックスしたり、読書するのも好きなんで読書したり。決まってはないですね、その時の気分で変えてるって感じです」と自然体の素顔を見せた。

「一回バスケットボールが嫌になった時があって」――母の涙で踏みとどまった少年時代

バスケットボールとの出会いは、小学校1年生になる前のこと。「両親の影響で、母がバスケットボールの指導者だったので」。弟と一緒に体育館の上のランニングレーンでボールを突き始めたのがきっかけで、小学校入学と同時にクラブチームに入った。

「いちばん自分を変えた出来事・出会い・言葉」として挙げたのは、その母の言葉だ。小学生の頃、一度バスケットボールが嫌になった時期があったという。「せっかく続けているのに、ここまでチャンスもらえてるのに、怒られたことがあって、バスケが嫌になった」。

そんなとき、母は「今頑張っているバスケットボールを続けてほしいし、夢に向かって進んでほしい」と説得してくれた。「お母さんもその時、涙を流しながら言ってたんで、そこで俺もやばいと思って、ちょっと踏みとどまったって感じです」。

苦しい時期に自分を支えてくれたものを聞いても、答えは「常にしんどい時は全部家族だったり、特に母の影響が俺の中では大きい」。日頃から連絡を取り合っているからこそ、面と向かって言葉にする機会はないと照れながらも、「いつもありがとうとは伝えたいです」とカメラの前で感謝を口にした。

地元・新潟を破ってのB2昇格、そして「お前がやっていいぞ」

「今でもふと思い出す忘れられない瞬間」は、特別指定選手として加入した岩手でのB2昇格だ。「当時B3だったんですけど、そこでB2への昇格戦、勝った時の場面は、僕のバスケットボール人生で忘れられない出来事です」。勝った瞬間、ふと気づいたら涙が出ていた。「相手が新潟だったんで。僕の生まれ育った場所も新潟だったんで、いろんな思いが重なって、勝てて、このチームをB2に上げられてよかったなと思って」。

そんなプロのキャリアの入り口で支えになったのが、岩手の先輩、門馬圭二郎と後藤翔平の言葉だった。当時はけが人も多く、入ったばかりのルーキーながらメインのポイントガードを任された。「コミュニケーションも取れず、結構一人で悩んでたんですけど、それを察してくれた2人が僕を信じてくれて」。

「あの2人の言葉、『お前がやっていいぞ』という言葉が、すごく今の自分を自信づけてくれてるなと思います」

競技に向き合ううえで大切にしているのは「感謝の気持ちを忘れないこと」。「今自分がプレーできてるのも誰かのおかげですし、このチームに入れたのも、僕のエージェントだったり、いろんな方のおかげだったりするので」。

「15年後の自分へ」――チームのみんなに手を差し伸べられる存在に

これからのキャリアで必ず実現したいことは「優勝」だ。「チームで優勝して、みんなでトロフィーを上げて、シャンパンファイトしてっていう、あの場面を僕は経験したい」。応援してくれるファンには、「自分がまず活躍している姿、そしてチームを鼓舞して、チーム全体で目標を達成する姿」を見せたいと語る。「今年は40勝して、まずPOに行って、その先の優勝を目指すところで、そういう景色を皆さんと共有したいなと思っています」。

一人の人間としては「いろんな人に影響を与えられるようになりたい」。具体的には「小さい子、特に、なかなか試合に絡めてない子の希望になれたら」と言葉に力を込めた。

最後に、未来の自分への宣言を求めると、「今24歳でしょ。15年後の自分、39歳ですね」と少し考えてから語り始めた。「プロをやってるかやってないか、もしかしたらやってないかもしれないですけど、まだやっぱりプロ続けててほしい。多分その時は立場も変わって、チームの大黒柱として、精神的支柱として活躍していると思うんですけど、今まで自分が培ってきたことをしっかり発揮して、とにかくチームのメンバー全員に手を差し伸べて、みんなが気持ちよくプレーできる場面を作っていてほしいなと思います」。

母の涙と先輩の言葉に背中を押されてきた“チャレンジャー”は、Bプレミアの舞台で、今度は自らが誰かの背中を押す存在を目指していく。

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