2022.09.30

宇都宮ブレックスの王座奪還を後押ししたフロントスタッフの“強さ”とは

ブレックスでビジネスセールスグループのマネジャーを務める多田さん
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 2021-22シーズン、宇都宮ブレックスは5年ぶり2度目となるBリーグ王者に輝いた。このクラブとしての悲願達成における、選手やコーチ陣の活躍は誰もが知るところだろう。
 しかし、プロスポーツを成り立たせる上で、彼らを支えたフロントスタッフの存在も忘れてはならない。
 そのうちの一人であるビジネスセールスグループ マネジャーの多田敦さんにどのような思いで日々働き、クラブを支えているのか話を聞いた。

インタビュー・文=峯嵜俊太郎
写真=宇都宮ブレックス

■バスケットの面白さを伝える“喜び”に満ちた仕事

――多田さんが株式会社栃木ブレックスに入社するまでの経緯を教えてください。
多田  私は立命館大学から、当時ブレックスの親会社だった「リンクアンドモチベーショングループ」に新卒で入社し、その後ブレックスに入りました。

――もともとスポーツに関わる仕事をしたいという希望はあったのでしょうか?
多田  私自身、中学生の頃からバスケットをやっていて、大学に入ってすぐにケガをしてからも学生スタッフとして部活は続けていました。また、学業としてもスポーツビジネスを専攻していたので、将来的にはそうした仕事に携わりたいと思っていました。

――入社前、日本のバスケット界に対してはどのような印象がありましたか?
多田  自分がもともとバスケットの競技者だったので、プロ野球やサッカーは盛り上がっているのに、こんなに面白いバスケットがなぜ盛り上がらないのだろうと思っていましたね。ですので、今のバスケットを知らない方々に知ってもらうという仕事は、私個人としても喜びに満ちていますし、実際に「面白い」と言っていただくことは本当にうれしいです。そうした経験を通して、ブレックスに入社してからもっとバスケットが好きなりました。

――実際に仕事としてバスケットに関わるようになって、初めて気づいたことなどもあったかと思います。
多田  バスケットの試合をやるということは、すごく大変なことだと率直に感じました。こんなにも多くの人の働きや努力、支えによって1試合1試合が成り立っているのだなと。今までチケットを買って観戦していた試合に対する捉え方は、入社前と入社後で大きく変わりました。

――ブレックスはBリーグのなかでも地域に根差したクラブですが、そうした面も入社後に強く感じたのではないでしょうか?
多田  そうですね。コロナ前は地域貢献活動を多い時で年間400回くらいさせていただいていたのですが、お祭りに訪問したり、選手と一緒に学校の前で挨拶をしたり、そうした活動を通して地域の皆さんと直接触れ合うことで、地域に愛されている存在だということは強く感じました。

■心に響いた言葉「スポンサーである前に、ファンである」

――多田さんはスポンサーセールスグループのマネジャーをされていますが、そうした仕事でも地域密着の効果は感じますか?
多田  多くの地元企業さまに応援していただいていますので、それはとても感じます。試合に来てくださるスポンサーの方々も非常に多いですし、ブレックスを応援したい、ブレックスを通じて栃木県を盛り上げたいとか、そういった考えで協賛いただくことが多いので。「BREX NATION」という言葉がありますが、間違いなく、スポンサー企業の皆さまもそのなかの一つだなと強く思います。

――実際に地元企業とはどのような取り組みをしてきたのでしょうか?
多田  例えば、チームができて間もないころからサポートしていただいている「株式会社栃木銀行」さまとは、地域のバスケットボール教室を夏場に7~8回ほど開催して、その様子を各支店で写真展にしてもらっています。教室に参加した親御さんや子どもたちの来店のきっかけにもなりますし、地元ならではの取り組みかと思います。

バスケットボール教室には現役選手も参加


――同じく地元企業のアルファクラブ株式会社とは、ユニークな取り組みをされたと伺いました。
多田  冠婚葬祭を主な事業とされている「アルファクラブ株式会社」さまとは、Bリーグの試合のハーフタイムにウェディングセレモニーを開催するという取り組みを行いました。コロナ禍の影響で結婚式を挙げられなかったブレックスファンの方がいるという話を「アルファクラブ」さまの担当の方から伺い、ブレックスの試合で何かできないかというところから始まった企画でした。

ハーフタイム中に行われた結婚式に、会場のファンからは万雷の拍手が送られた


――スポンサーの方々と非常に良好な関係が築かれているのですね。
多田  「スポンサー」という言葉の印象として、「大きな広告とかで企業のPRをしている」と感じている方もいると思いますが、その根底に我々のファンでいてくださるという事実があって、これがすごく大事だと思っています。以前、あるスポンサー企業の代表の方に「私たちスポンサーは試合会場にただ来るだけではなくて、チームのファンとして応援に来ているんだよ」と直接お話しいただいたことがあります。「スポンサーである前に、ファンである」というその言葉は、心にすごく響きました。

――ブレックスは2度のBリーグ優勝を経験されていますが、スポンサーセールスにおいても大きな影響があったかと思います。
多田  私たちの理念は「強く愛されるモチベーションあふれるチーム」ですので、優勝という結果を残すことでそれを体現することで、スポンサーの方々にご評価いただけるという部分はあります。また、どちらのシーズンもストーリーというか、優勝までのプロセスがすごくドラマチックだったと思うんです。Bリーグの初年度にあれだけ華々しいステージに立たせてもらって、初代チャンピオンになることができた。今回で言えば、前年度の準優勝という悔しい経験が、ブレックスに関わるすべての人たちの心に刻まれていたなかで、大袈裟に言えば昨シーズンの優勝は、2シーズンかけてつかみ取ったものだと思っています。それだけに、すごく大きな影響はありました。

――優勝をきっかけに生まれた取り組みなどもあると思います。
多田  ウェアやスニーカーを取り扱っている「atmos」さまとのコラボで、優勝記念Tシャツを作成しました。これは「atmos」さまからのご提案で実現した事例ですが、ありがたいことに代表の方もブレックスのファンで、その方個人としても「ブレックスとこういう取り組みをするのが夢だった」とおっしゃてくれて。企業同士としてはもちろん、そうした個人的な面でも非常に心に残る取り組みになったかと思います。

「atmos」とのコラボで製作された優勝記念Tシャツ

■コロナ禍で感じたフロントスタッフの“強さ”

――過去2シーズンは、シーズンを通して新型コロナウイルスの影響下にありました。そうした苦境も乗り越えての優勝だったかと思いますが、コロナ禍は多田さんの仕事にはどのような影響を与えましたか?
多田  年が明けて2020年の1月、2月くらいから「これはまずいんじゃないか」という空気感のなか、Bリーグもシーズン途中での中断が決まり、当時の不安や恐怖はすごく大きかったです。私の仕事で言うと、やはり広告というのは企業活動においては有事の際に見直されることが多いものなので、もしかしたらスポンサーがいなくなってしまうのではないかという不安もありました。

――当時はJリーグなどでも存続危機のクラブがあるという報道もありました。興行収入も得られないので、プロスポーツクラブにとっては大きな危機だったかと思います。
多田  はい。ただ、本当にありがたいことに、当時ブレックスのスポンサーを辞めるという企業は多くはなかったんです。我々としても、当時は新規の営業活動をほとんどストップして、いかに今サポートしていただいているスポンサー企業の皆さんの話を聞けるかに注力しました。直接お会いすることができない分、毎日のように各社に電話をして状況を聞いて、試合がなくなったなかでも、何か僕たちにできることはないかとスタッフ全員で必死に考えて過ごす日々でした。

――そうしたフロントスタッフの努力で苦境を乗り越えたこともまた、2度目の優勝に向けて大きな後押しになったのかと思います。
多田  自分たちで言えることではないかと思いますが、すべてのフロントスタッフが努力し、チームをサポートしたいと考えていました。例えば試合運営の面、ブレックスアリーナ宇都宮の場合は前日から入念に会場の準備をして、さまざまな確認をとってお客さまを迎える体制を整えても、入場時間の数分前くらいに試合の中止を余儀なくされることがありました。選手はもちろん、我々スタッフとしても本当に悔しい思いがありましたが、切り替えてすぐに次のことを考えなくてはいけなかった。急いで次の体育館を探して、どこが代替試合の候補日でいつまでに調整が必要なのか、迅速に対応する運営スタッフはすごく心強く、自慢の仲間です。営業のメンバーも、試合が中止になってしまうことを可能な限り電話で連絡が可能なスポンサーの方々には、報告と今後の見通しについて連絡して。そうした部分は、フロントスタッフの“強さ”と言えるのではないかと思います。

コロナ禍で奮闘した運営スタッフについては「自慢の仲間」だと多田さんは語る


――その“強さ”はどのように育まれたのでしょうか?
多田  個人的な考えですが、やはりまずはチームの存在ですね。選手やコーチ、チームスタッフたちが本当に素晴らしい試合をしてくれるので、諦めない心とか、全力でやる姿勢とか、感化される部分は間違いなくあります。そしてファンの皆さん、スポンサーの皆さん、そうしたクラブを支えてくださる全ての方々のことを思えばこそ、へこんでいる場合じゃない、自分たちが頑張らなければと、すぐに切り替えられました。

――地域やファンを含むクラブに関わるすべての人たちの結びつきが強いからこそ、コート上で選手やコーチたちが見せる強さ、コート外でファンやスポンサーが見せる強さが伝播して、フロントスタッフの強さにもなっているんですね。
多田  そうですね。振り返ると決していい事ばかりではないですが、コロナ禍での経験はまた一つ自分たちを強くしてくれたと思います。会社としても、営業部としても、あのような状況に対応できたことは自信にもつながっています。

――あらためて今のお仕事において、どのような点にやりがいを感じられていますか?
多田  自分の使命は「ブレックスを応援していただく」、これに尽きます。結果として、さまざまな形でサポートをいただいたりということになりますが、その根底にあるのはブレックスを応援していただけるようにいろいろなアプローチして、自分たちを通じてブレックスを好きになってもらいたいという思いがあります。それがやりがいであり、使命感でもあります。

――そうした仕事を通して、多田さんの今後の目標や夢はありますか?
多田  私自身は夢だった仕事に運良く就かせてもらいましたし、大変なことや辛いこともありますけど、多くの方々のおかげで優勝することもできているので、昔夢見たもののいくつかはすでにかなっているのかなとは思います。ですから次の夢は、自分と同じように夢をかなえる人を増やしていくことでしょうか。例えばスポーツビジネスに興味がある学生さんとかに、スポーツでこんなに素晴らしいことを作れるということを伝えたりだとか。そういう、「次に夢をかなえる人」の助けになれたらと思います。