2025.11.26
愛する日本でプレーし続けるため。「帰化の決断はそんなに難しくはなかった。ここ数年はむしろやりたい気持ちの方が強かった」。この夏、日本国籍を取得した広島ドラゴンフライズのメイヨニックは飄々とした笑顔で言った。
アメリカ出身のメイヨはイースタンケンタッキー大学を卒業後、2019年に来日して千葉ジェッツでプロキャリアをスタート。2020-21シーズンにはレバンガ北海道に移籍し、B1リーグの得点王に輝いた。
2021年に広島へ活躍の場を移し、206センチ113キロの体格と高確率な3ポイントシュートを活かした得点力でチームをけん引。2023-24シーズンのBリーグ年間優勝や昨シーズンの東アジアスーパーリーグ(EASL)制覇に貢献した。
日本に来て6年目。8月に28歳になったビッグマンは帰化という道を選んだ。
「もう日本に来て5年以上になりますけど、文化の良さも感じていて、ここでプレーすることを本当に愛しているので、それを続けていきたいという思いで帰化に至りました」(メイヨ)
日本国籍取得への道のりが始まったのは、広島1年目の2021-22シーズンを終えたときだった。岡崎修司ゼネラルマネージャーが当時のメイヨとのやりとりを振り返る。
「日本に在籍が長い外国籍選手は帰化が少なからず頭にあることが前提としてあって、その上で僕らとしても彼が年数を満たしていくのは見えていたので、シーズン終わりの面談の時にこちら側からも『実際どうなの?』みたいな話をしたのは覚えています。(メイヨは)『興味はあるよ』と話していましたけど、当時はまだ日本で3年目だったので、そこまで現実的なものではない感覚はあったと思うんですけど、じゃあ(帰化を)見据えて準備をしていこうかみたいな話はしましたね」(岡崎GM)
2年目が終わった2023年5月には、契約継続の発表時に本人の帰化希望とクラブによるサポートも公表された。それからさらに1シーズンを終えた2024年8月、帰化条件の1つである日本に住んで5年以上が経過し、申請の準備に動き出した。
準備の中で、メイヨが最も苦労したというのは日本語の勉強だった。「漢字が一番難しかったね」と笑いつつ、「やっぱり新しい言葉をたくさん覚えるのは難しかったですし、会話が速くて最初の方を理解しようと集中してしまうと、最後の方が全然聞こえなくなるのは難しかったです」と言語習得の難しさを明かした。

2024年はクラブ史上初のリーグ優勝も経験した[写真]=B.LEAGUE
努力を続けたメイヨは日本語への自信を、「もっと良くする必要がありますけど、1年目に比べたら全然うまくなっていると思うよ」と言って笑った。普段からクールなビッグマンは帰化のプロセスについても冗談を混じえつつ淡々と話すが、その語り口とは裏腹に難しい時期もあったようだ。親身にサポートしてきた岡崎GMが振り返る。
「(帰化に向けて)彼は淡々としていたところもあったかもしれないですね。それが彼の性格だと思いますし、今いる環境の中で、自分がそこに貢献できることを、熱くはないけど頑張る、やるべきことはやる、みたいな感覚なのかなとは思いました。だから、本人はすごくプレッシャーを感じていたと思います。やっぱり日本語の勉強が大変な時期もあって、もちろんシーズン中に試合をしながらやっていたので、ちょっと寝れない日やメンタル的にきつい日も当然あって、僕らはそれを知っていたので、いろいろフォローしながらやっていました。テストはこうだよとか、今までの選手はこうだったから大丈夫だよみたいな話とか、コミュニケーションを取りながら乗りきってもらったという感じでした」(岡崎GM)
真摯に向き合ってきた日本語の習得をクリアして、2025年1月には帰化申請を完了。メイヨはシーズン後も日本で帰化認定の知らせを待ちながらオフを過ごした。
「本当にいい時間を過ごせたと思います。ワークアウトもたくさんしたし、サンフレッチェやカープの試合にも行って、ここに残っている他の選手とかともすごくいい時間を過ごせました」
朗報が届いたのは8月4日のこと。クラブの発表時に「プロキャリアをずっと日本で過ごしてきて、これからは日本国民としてプレーできることが楽しみです」とコメントしていたメイヨは、「純粋にうれしかったです」と笑顔を見せた。家族に帰化の報告をしたときも、「盛大に祝ってくれて、みんな自分のことのように喜んでくれました」という。
8月中旬から9月初めまでアメリカに帰省して、「短い時間でも家族としっかり楽しんで、姉が結婚したのもあったので、久しぶりに家族が再結成していい時間を過ごせました。あとはゴルフをたくさんしたね(笑)」とリフレッシュ。帰省中の8月末には自身のインスタグラムでパートナーの妊娠も発表し、「やっぱり赤ちゃんはモチベーションにつながってきます」とうれしそうに話した。

主力として活躍が期待されるメイヨ[写真]=湊昂大
これからは、チームで1枠しかない「帰化選手」として、より大きな役割を担うことになる。岡崎GMは、「前提として能力の高い帰化選手を保有するクラブがどうしても勝っていく傾向があるのは、このBリーグの歴史や現状を見ても間違いないので、彼にかかってくる期待はすごく大きいと思っています」と話し、今後を見据えた。
「まずプレータイムは去年と比べて増えてくると思っているので、そこに耐えうる体の部分とメンタルの部分、この2つがまずは重要になってくると思っています。もちろん、彼は日本代表に声がかかってくる選手だと思うので、そうなると瞬間瞬間の試合だけではなく、シーズンを通して休みがなく、シーズンが終わって夏までずっとバスケットをし続けなければならないような状態が続くので、そこは向き合わないといけないところだと思っています」(岡崎GM)
ただ、帰化したからといって本人のプレースタイルや戦う姿勢が変わるわけではない。メイヨは「ハードに戦って、サンプラザのラストシーズンでたくさんの勝利を届けたい」と新シーズンも全力を尽くして戦う。その先には、日本代表という新たな道が開いている。

日本代表の帰化選手枠には“大黒柱”のジョシュ・ホーキンソンが君臨している[写真]=B.LEAGUE
チームは新シーズンを前に6人の新戦力が加わって大きく変わった。「新しい選手が加わってよりエナジーが溢れているし、ポジティブな雰囲気で押し上げてくれている」と明かすメイヨは、取り巻く環境の変化とともに迎える新シーズンに向けて、「ただひたすら全力でプレーし、チーム一丸となってプレーし、『HIROSHIMA PRIDE』を持ってプレーしたい」と力を込めた。
メイヨの胸にある「HIROSHIMA PRIDE」とは、「みんながひとつになること」を意味する。
「全員が一丸となって戦うこと。もしみんながひとつになれれば、いい結果につながるはず。それはバスケだけにとどまらず、広島全体のこと。自分たちのため、そして街のために戦っているという意識で頑張りたい。僕らは1つのチームだけど、広島の代表として戦っているので、一丸となってハードに戦う姿を見せたいです」
その誇りはいつか広島を超え、日本をひとつにするときがくるはずだ。「そうできればいいね」。やっぱりメイヨは飄々とした笑みを浮かべながら言った。「HIROSHIMA PRIDE」から「JAPAN PRIDE」へ。さらなる飛躍へのハードな戦いが始まった。
文=湊昂大
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