2022.02.18

バンダイナムコエンターテインメントがなぜ島根スサノオマジックを選んだのか?

時間が許すかぎり松江市総合体育館に足を運ぶという宮河社長にインタビュー [写真]=伊藤 大允
バスケットボールキング編集部。これまで主に中学、高校、女子日本代表をカバーしてきた。また、どういうわけかあまり人が行かない土地での取材も多く、氷点下10度を下回るモンゴルを経験。Twitterのアカウントは @m_irie3

金丸晃輔安藤誓哉ニック・ケイといった代表クラスの獲得など、積極的な補強策で話題を呼んだ島根スサノオマジック。その背景には、2019年に経営権を獲得したバンダイナムコエンターテインメント(以下BNE)の存在が大きい。立ち上げの際、Bリーグが掲げた3つの使命の中に、「エンターテイメント性の追求」がある。今回、そのエンターテインメントの分野では、世界でも屈指の企業であるバンダイナムコエンターテインメントの宮河恭夫社長にお話を聞く機会を得た。なぜBリーグのクラブ運営、そして島根を選んだのか、またバンダイナムコがどのようなクラブの運営方針を持っているかなど、興味深い話をうかがうことができた。

取材・文=入江美紀雄
撮影=伊藤 大允

まったくの偶然で決まった島根への経営参画

――そもそもなぜ島根スサノオマジックの経営に参画しようと考えられたのか、そこから教えてください。
宮河
 当社は、スマートフォン向け、家庭用などのゲーム事業を中核としながらも、ゲームに閉じないさまざまなエンターテインメント事業にチャレンジしてきました。その中で、島根スサノオマジックの理念と挑戦し続ける姿勢に強く共感して、2019年に経営権を獲得し、プロスポーツという分野で新たなエンターテインメントに挑戦をしています。

また真面目な話、スサノオマジックという名前にピンと来ました。スサノオという日本神話に登場する神様の名前が、島根の地とシンクロし、さらに、マジックが付くことで何かが起こりそうと思わせる。世界観がある名前はとても重要で、それを聞いただけでイメージできるということは、すごく大事なんです。

――島根を選んだ理由はありますか?
宮河
 すでに経営がしっかりしているような強豪クラブよりは一緒に『挑戦』していけるクラブに魅力を感じました。

宮河社長は一緒に『挑戦』していけるクラブに魅力を感じたという [写真]=伊藤 大允


――首都圏や近畿、東海といった大きな経済圏ではない島根のクラブでは、それだけで躊躇してしまうこともあると思いますが。
宮河
 私たちが一緒に盛り上げることで、地域の活性化を進めていくことが重要なミッションだと思っています。これまでバンダイナムコグループで手掛けたコンテンツに「ラブライブ!」がありますが、この2作目となる「ラブライブ!サンシャイン!!」は静岡県沼津市が舞台でした。この企画をスタートさせる際、うちのスタッフが地元の商店街を1軒1軒あいさつに回った時、「ラブライブでお客様が来るようになると思いますので、地元の皆様は沼津の魅力も伝えてください」と話したそうです。手前味噌ですが、なるほどなあと思いました。

スサノオマジックについても、地域の人たちと一緒に島根を盛り上げていけるようなクラブに仕上げたいという思いはすごくあります。うちがここでどれくらい儲かるのかにはあまり興味がなくて、きっちり集客ができて、クラブに関わる方々がみんなで喜ぶようにできるなら、すごく面白いことだと思います。

――島根県の人口が約67万人、松江市が約20万人と国内でも少ない部類に入ります。勝算はありますか?
宮河
 島根の人が90パーセントも来てくれるようになることは目標ですし、皆様が「今度の土日には試合に行こう」というようになればとは思います。ただ、やはり限界はあります。音楽ライブの例を話したいと思うのですが、地方の都市で行われるライブの観客は地元の人だけがお客様とは限りません。やはり東京、大阪、名古屋から来られる方が多くて、それで埋まっているケースもあるのです。スサノオマジックも人気が高まっていけば、島根以外からもファンを集められるのではと思っています。もちろん、メインは地元のファンの皆様ですが、挑戦したいですね。

――バンダイナムコのバックアップは大きいですね。
宮河
 会場で「バンダイナムコがサポートしているんだ」と認識されなくてもいいと思っています。ホームのユニフォームの目立つところには当社の名前は入れてないですし、ここは地元のスポンサー様に提供させていただいています。私たちのミッションはスサノオマジックのサポートしていることをアピールすることではありません。それもあり、チームカラーも変えていません。皆様がこれまでやってこられたことはしっかり守っていくべきだと思っています。

選手の反応には驚き、新たな発見

――チームが強くなることでホームの松江市総合体育館の雰囲気も変わってきたように思います。
宮河
 ありがたいことにお客様が増えています。今は大きな声で声援はできませんが、手を叩く力が何倍にもなっているような気がします。やはり勝つことは大切ですね。

――選手の取り組み方も変わってきたのではないですか?
宮河
 変わっていますね。今シーズンは新戦力が加入しましたが、そうすると、「僕の出番が減ってしまう」という声が出てくるのではないかと、実は思っていました。しかし、逆に「自分が頑張らなければ」と捉えている。このメンタリティは僕がこれまで付き合ってきた他の業界の方々ではなかなか考えられないことなので驚きでした。それに新たに加入してきた選手たちも素晴らしい。例えば安藤(誓哉)選手は、明確に「自分の役割はチャンピオンシップに連れて行くことです」って言い切ってくれます。また彼との話でびっくりしたのが、「7勝3敗じゃないといけないんです。連敗はできないんです」と言ってくれたこと。エンターテインメントの世界とは逆で、3割ヒットが出ればすごく優秀と言えるのですが、彼は“7勝3敗”としっかり言い切ってくれる。これは本当に新鮮でしたね。チャンピオンシップに行くためのイメージができているのも大きいですね。

クラブはチャンピオンシップ進出圏内をキープ。試合を重ねるごとに会場も盛り上がりを見せる [写真]=B.LEAGUE


――前に在籍していたアルバルク東京での優勝経験がそう話させているのだと思います。
宮河
 選手と話をしていると、バスケットボールが元々好きで、それを職業にしている点などは僕が日ごろお付き合いのあるミュージシャンとの共通点だなと感じます。ミュージシャンも選手も同じように個人事業主という一面があります。バンドやチームで最高のパフォーマンスを発揮する反面、個人に戻ればそれぞれいろいろな考えを持っている。そんな個性のぶつかり合いが音楽でもスポーツでもいい影響を生み出すと言えますね。

――エンターテインメントもスポーツと同じでチームワークが大切ですね。
宮河
 試合前の演出や体育館周辺の装飾などもまだまだの点が多いと思っています。音楽ライブはステージだけではなく、グッズ販売やアリーナの外の世界観がしっかり練られているので、一日を楽しめるようになっています。そこでの感動は決して忘れられないものなので、それはバスケでも作っていければと思っています。

――エンターテインメントのプロが見ると、伸びしろも多いのではないですか?
宮河
 試合前の演出を見ていて、ちょっと流れが悪いなと思うことはあります。今はまだしかたない部分もあり、選手を一番に考えなければいけないのですが、ゆくゆくは選手もお客様がどう楽しんでいるのかを突き詰めてほしいと思います。ですから、まだまだ改善の余地はありますよ。甘い部分は多いです。音楽ライブは、暗転からステージのライトがパッと点くタイミングまで緻密に計算した演出が行われています。それくらいは目指したいですね。完成度の高いものをお見せすることが重要です。逆にまだまだ楽しみが残っているので、それはそれでいいなとも思っています。

――最後にファンへメッセージをお願いします。
宮河
 クラブはファンの皆様に作っていただくものだと思っていますので、我々はそれをどうサポートできるかを考えていきます。ですので、クラブにはどんどんリクエストをしてほしいですね。こちらからの一方通行ではなく、もう少しインタラクティブな関係を構築できればと思っています。

――これから楽しみです。
宮河
 アーティストにいつも「武道館にいつ立つのかを決めなさい」と言っています。これはBリーグのクラブでも同様で、「いつまでにチャンピオンシップに出場する」「何シーズン後にはリーグ制覇をする」という目標を定めて、それをどのように具現化していくかが重要です。何も考えてなければ、そこにはたどり着けません。ご期待ください。

宮河恭夫
株式会社バンダイナムコエンターテインメント 代表取締役社⾧

1981年4月株式会社バンダイ入社後、主にプラモデル・玩具・ゲーム・映像などさまざまな領域で実績を積み、株式会社サンライズ代表取締役社⾧などを経て、2019年4月株式会社バンダイナムコエンターテインメント代表取締役社長に就任。
宮河氏が主に携わった商品・サービスには「美少女戦士セーラームーン」「ドラゴンボール超武道伝2」「ピピンアットマーク」「機動戦士ガンダムSEED」「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」があるが、どれもそれまでの常識を打ち破り、新たな挑戦を行ったうえで大ヒットを生み出している。
趣味は音楽鑑賞・散歩、座右の銘は「七転び八起き」、愛読書は「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(村上春樹著)、憧れの人はスティーブ・ジョブズ、加藤和彦。仕事におけるモットーは「明るく働く」。
[写真]=伊藤 大允

バスケットボール界を支える人たちのバックナンバー

BASKETBALLKING VIDEO