2024.11.17
メンフィス・グリズリーズのロッカールームに入るなり、目の前に広がった光景は、河村勇輝がチームメートと無邪気に笑い合う姿だった。
「(英語は)良くなっていると思う反面、まだまだと感じることも多くて。なので、また一から文法をやり直そうと思って」と真面目に答える。だが、河村がエグジビット10契約で、グリズリーズのトレーニングキャンプに参加するために渡米したのは9月21日だ。
それから2カ月も経たない間に2way契約を勝ち取り、故障者の多いグリズリーズで開幕戦からベンチ入り。この日、ロサンゼルス・レイカーズのホーム、クリプトドットコム・アリーナで行われた試合が12試合目で、河村は、もう何年もこのチームにいるかのようにコート上では見ることのない“素顔”を見せていた。
今夏行われたパリオリンピックでは、フランス戦で29得点を挙げるなど、3試合で1試合平均20.3得点。平均得点ランキングでNBAのスター、ヤニス・アデトクンボ(ミルウォーキー・バックス、ギリシャ代表:4試合で25.8得点)、シェイ・ギルジャス・アレクサンダー(オクラホマシティ・サンダー、カナダ代表:4試合で21.0得点)に次ぐ3位に名を連ねた。平均7.7アシストも3位タイだった。
だが、グリズリーズのキャンプに参加したときに自らのことを知っていた選手は「数人だけ」。「(みんな自分のことは)全然知りませんでした。数人だけ知ってくれていて。その話をしてないというのもあるんですけど。僕が「オリンピック出たよ!」みたいに言っているわけじゃないので(笑)」と茶目っ気を見せた河村。「ルーク(・ケナード)とかジョン・コンチャーも、2人とも知らなかった。サンティ(・アルダマ、スペイン代表としてパリオリンピックに出場)は知っていました」とロッカールームの角を隔てて向かいに座っていたアルダマを見ながら、微笑んだ。
中には、河村のことを知っていたと話す機会がなかった選手もいたかも知れない。しかしながら、オリンピックでいくら活躍しようとも、NBAの競争は別物だ。身長172センチそこそこのアジア人選手が舐められる要素は十分にある。
まずは、リスペクトを得ることから始まった河村の挑戦だった。しかし、それに時間を要することはなかった。
「アメリカは実力主義みたいなところがあるというのは聞いていましたし、とにかくプレーできるということを証明すれば受け入れてくれると思っていました。最初の数日の練習で、自分としてもある程度いいパフォーマンスができたのが、チームメートが受け入れてくれた要因なのかなと思う」。河村は続けた。「あと、英語は喋れませんでしたけど、とにかく喋りにいきまくったというか、それで信頼関係を少しでも…。恥ずかしがっている時間はない、そんなの関係ないと思いながら、初日から喋りに行っていました」。
誰からも見える“外”だけでなく、関係者にしか見えない“中”でも見せたチームメートとの関係は、そういった河村の努力と、両手を広げて受け入れてくれたグリズリーズのチームメートから成るもの。「チームメートが本当に親切で環境がすごく良かった。僕は喋れないけど、喋れる雰囲気を作ってくれているチームメートには本当に感謝しかないです。英語を教えてくれたり、喋りかけてくるチームメートがいての今の僕がある」声を弾ませた。
地元メンフィスのファンだけでなく、敵地ポートランドでも会場のファンから大声援を受けるほどの人気ぶりで、もともとエグジビット10契約だった選手としては上出来のシーズンスタートだが、本人は「まだローテーション入りしていない」と全く満足していない。
プレシーズンゲームでは、デビュー戦となったダラス・マーベリックス戦の第4クオーター、1点を追う残り9分16秒に出場し、自らのスリーポイント成功でチームにリードをもたらすなど、5得点3アシストで逆転勝利に貢献。3試合目のシカゴ・ブルズ戦では23分48秒プレーし、8アシスト。シュートは不調だったもののわずか1点リードの第4クオーター残り3.9秒に2本のフリースローをきっちり決めてチームの勝利を決定的にした。続くインディアナ・ペイサーズ戦でも25分21秒の出場時間を得て、10得点7アシストなどでチームの4点差勝利に一役買った。
プレシーズンゲームとはいえ、まだ勝敗の行方がわからない場面でプレーすることほどやり甲斐のあることはなく、「どんな状況でもバスケットは楽しんでやるように心がけてはいるんですけど、僕も勝負事が好きなので、やはり勝負がまだ決まってない状態で、より考えてプレーできるというのは、自身の成長にもよりよくつながっていくと思いますし、自分もそういった中でのプレーは大好き」と河村。レギュラーシーズンに入ってからは、勝負がついてからの出場だが、プレシーズンゲームで勝負がかかった激しい争いを経験しているだけに「少しずつコーチやチームメートに信頼されて、そういった時間帯でも使ってもらえるような選手になっていければ」と胸を膨らませた。
これまでBリーグや日本代表でプレーしてきた河村だが、世界最高峰の舞台に来て、施設のサイズや充実した器具、選手をサポートするスタッフの多さや、一人ひとりに専用のipadが配られて、ハーフタイムにそれぞれが前半のプレーを見直して後半に臨んだり、前の試合に出た自らのクリップや次の試合でマッチアップする選手のパーソナル動画を見て準備するなど、テクノロジーを多いに活用している点をこれまでとの違いに挙げた。
メンフィスでの生活ではアジア系のスーパーで買い物をして自炊しているため、日本食に困ることもないという。
そんな中、現在コーチと取り組んでいることは、「ディフェンスの部分でオールコートにしっかりとアグレッシブにやっていくこととアシストの部分。チームとしてドライブしたらどういう動きをするとか、そういった決まりごとはあるので、それをしっかりと遂行していくこと」だという。
河村は、16日のゴールデンステイト・ウォリアーズ戦を前にグリズリーズを離れ、同傘下のGリーグチーム、メンフィス・ハッスルでプレーする見込みとなった。NBAで学べる機会を大切にしながらも、数度練習に参加して「レベルが高い」と感じたGリーグは、チームを引っ張る立場を経験できる好機となる。
ただ、NBAの舞台で勝負が決まったあと数分プレーしようとも、Gリーグで主力として長時間プレーしようとも、変わらないことがある。
今後GリーグとNBAを行き来する中で、よりNBAゲームを学び、よりプレーを上達させ、自信を得てたくましくなるだろう。
その後に見るグリズリーズのロッカールームは、どのような光景だろうか。河村の一歩一歩の前進・変化をしっかり見守りたい。
文=山脇明子
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