1時間前

川村卓也が現役引退を報告「『記憶に残る選手』になれていたのなら、これ以上嬉しいことはありません」

横浜BC、三河、西宮、新潟などでプレーした川村卓也 [写真]=B.LEAGUE
バスケ情報専門サイト

 9月21日、新潟アルビレックスBBを退団し、Bリーグの自由交渉選手リストへ公示されていた川村卓也が自身のXを更新。「この度、プロバスケットボール選手を引退することを決断いたしました」と報告した。

 川村は岩手県出身の現在40歳。盛岡南高校卒業後、2005年にOSG PHOENIX(現三遠ネオフェニックス)でプロキャリアを始めると、リンク栃木ブレックス(現宇都宮ブレックス)、和歌山トライアンズ、三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋(現名古屋ダイヤモンドドルフィンズ)を渡り歩き、横浜ビー・コルセアーズBリーグ初年度を迎えた。シーホース三河、西宮ストークス(現神戸ストークス)でもプレー。レギュラーシーズンではB1通算269試合、B2通算52試合、B3通算72試合に出場した。

 川村は自身のXを通じて、次のようにメッセージを送った。

「思い返せば19歳の時。プロバスケットボールの世界のことも一般社会のことも右も左もわからないままこの世界に飛び込んできました。当時、周囲からは皆、口を揃えてこう言われました。『やれて2〜3年だろ?』『大学に行けばよかったのに』心躍ませながら未来への一歩を踏み出した私の心にその言葉は大きく突き刺さりました。今、思い返せば好奇心旺盛で闘争心剥き出しだった私にとってそれは必要な言葉だったのかもしれません。その先に待ち受ける世界に対して『覚悟』と『責任』を持つ準備をしなさい。そう言われていたような気がしました。好奇心と闘争心だけでは戦い抜くことのできない厳しい世界。そこで私は
自分の中にはまだ芽生えていなかった『反骨精神』と、同時に『感謝の想い』を学びました。人の意見や思いに耳を傾けながらも自分が挑戦したいと思ったことには自分自身で道を切り拓いていく」

「たとえ、そこに道がなかったとしても自分でレールを敷き一歩ずつ前へ進んでいく。成功もあれば、挫折もある。嬉しいこともあれば、苦しいこともある。そんな日々の中で己を信じ、仲間を信じ信頼する仲間と共に最高の頂きを目指して歩んできました。今、ここまで振り返ってみてこのキャリア20年以上という時間がどれほど幸せなものだったのかを改めて感じています。言葉だけでは伝えきれないほどの感謝の想いがあります。私の人生のほとんどの時間はバスケットボールによって創られてきました。だからこそこの世界で培ってきた経験や出会い学んだことのすべてをこれからの人生においても大切にしていきたいと思っています。一人のプロバスケットボール選手として『記録に残る選手』にはなれなかったかもしれません。それでも、皆さんの『記憶に残る選手』になれていたのなら、これ以上嬉しいことはありません」

「長年にわたり多くのスポンサー様に支えていただきました。そして、全国各地で出会った数え切れないほどのファン・ブースターの皆さんから、たくさんの声をかけていただき、応援していただきました。私が所属させていただいたクラブは、OSG PHOENIX 栃木BREX 和歌山TRIANS 三菱電機ダイヤモンドドルフィンズ名古屋 横浜ビー・コルセアーズ シーホース三河 西宮ストークス 新潟アルビレックスBB計8クラブ。(私が所属していた当時の名称で記載させていただいております)それぞれの場所でたくさんの出会いがあり、別れがありました。共に戦ったチームメイト。支えてくださったフロントスタッフの皆様。そして、どんな時も声援を送り続けてくださったファン・ブースターの皆様。皆さんとの出会いがなければ、今の私が存在することはありません。私という一人の人間 一人のプロバスケットボール選手に価値を与えてくださったすべての皆様に心から感謝しています。本当にありがとうございました」

「そして今、自分自身を全うすることができたのだろうか。皆様の想いに応えることができたのだろうか。そんな問いが、私の中には残っています。これから先の人生。時を重ねていく中で、その答えが紡わもない『YES』だと言えるように。ここからまた、自分自身の道を歩んでいきたいと思います。プロバスケットボール選手・川村卓也としての旅は、ここで終わります。しかし、バスケットボールと共に歩んできた人生が終わるわけではありません。これからも、私と同じようにバスケットボールをこよなく愛する皆様に、たくさんの幸せが訪れることを、心の底より願っております。今まで私と共に歩んでくださったすべての皆様に心より感謝申し上げます。長い間、本当にお世話になりました。ありがとうございました。川村卓也

川村 卓也の関連記事

新潟アルビレックスBBの関連記事

Bリーグの関連記事