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ドワイト・ハワードが元同僚コービーを語る「スキルの部分ではMJを上回っていたと思う」

レイカーズで共闘したハワード(左)とコービー(右)[写真]=Getty Images
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 9月1日(現地時間8月31日)。ギルバート・アリーナス(元ワシントン・ウィザーズほか)のポッドキャスト番組“Gil’s Arena”へドワイト・ハワードがゲスト出演した。

 オーランド・マジックNBAキャリアをスタートさせたハワードは、リーグ屈指のセンターへ成長を遂げ、2009年のプレーオフではイースタン・カンファレンスを制してNBAファイナルへ進出する立役者に。

 ハワードはその年の頂上決戦でコービー・ブライアント率いるロサンゼルス・レイカーズに1勝4敗で敗退。その後2012年夏の4チーム間トレードでレイカーズへ移籍し、2012-13シーズンにはコービー、パウ・ガソル、スティーブ・ナッシュらと共闘した。

 翌シーズンからヒューストン・ロケッツへ移籍したことで、ハワードは再びコービーとは対戦相手としてプレーしてきたのだが、そのコービーと史上最高の選手を意味する“GOAT”で最も頻繁に名前の挙がるMJことマイケル・ジョーダン(元シカゴ・ブルズほか)についてこう口にしていた。

「スキルの部分で、コービーはMJを上回っていたと思うね。彼はジョーダンからすべてを取り入れて、それを磨き上げていった。よりうまくこなしていたよ。フェイダウェイ(ジャンパー)、ドライブ、ポンプフェイクをね」

「コービーは(身体能力で全盛時だった)1984年から1993年のMJではなく、(1995年に)復帰後に円熟味を増していたポストアップからのフェイダウェイを学んで取り入れていた。それこそコービーが真似たことであって、エア ジョーダンを真似たわけじゃないんだ」

 得点王10度を誇るジョーダンは、キャリア初期こそ超人的な身体能力からドライブで豪快なダンクを連発するなど7シーズン連続で平均30得点以上をマーク。当時からミッドポストでプレーを展開するシーンはあったのだが、1993年秋に1度目の現役引退をし、1995年に復帰後はミッドレンジからフェイダウェイジャンパーを効果的に繰り出し、勝負所でも見事沈めていった。

 コービーにとって、ジョーダンはアイドルであり、相談にも乗ってくれる兄貴分でもあった。両者を比較してどちらを上にすると決めるわけではないものの、ハワードが語っていたとおり、コービーはジョーダンが見せてきたスキルの数々を自分のゲームに取り込み、それをさらにアレンジして昇華させてきたと言っていいはずだ。

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