2022.11.23

【トッププレーヤーの高校時代】津山尚大(前編)「プロになりたかったから大濠に入った」

島根スサノオマジックの津山尚大に学生時代の話を聞いた[写真]=B.LEAGUE
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 BリーグやWリーグの選手たちに、高校時代のことを振り返ってもらうインタビュー企画「トッププレーヤーの高校時代」。今回は福岡県・福岡大学附属大濠高校出身の津山尚大だ。

 小学2年生でバスケットボールを始めた津山がどのように成長し、名門へ進学することになったのか。前編・後編にわたってお届けする。

インタビュー・文=岡本亮
写真=B.LEAGUE

――まずはバスケットを始めたきっかけを聞かせてください。
津山 始めたのは小学2年生の時です。僕は5人兄弟で兄が3人いるのですが、全員バスケをやっていたんです。ある日母に「お菓子を買いに行こう」と言われて車に乗ったところ、その行き先が体育館で。その流れで部活に入りました。

――小学校に部活があったのですか?
津山 沖縄の小学校には部活があるんです。もちろんバスケだけじゃなくていろいろなスポーツの部活があり、サッカーも楽しくて休み時間によくやっていたのですが、最終的には家族がやっていたこともあってバスケ部に入りました。

――部活ということは、顧問の先生がいらっしゃったんですか?
津山 そうですね。顧問の先生もいましたし、外部コーチもいました。そのコーチの方に兄弟全員が教えてもらっていたので馴染みやすかったですし、すぐ慣れることができました。

――小学校時代の成績は?
津山 県内ではベスト8くらいの強さでしたね。僕の代は地区では強かったのですが、沖縄県全体で見ると強いほうではなかったと思います。

――小学校卒業後、地元の北谷中学校へ進学しました。
津山 北谷中は3つの小学校から集まってくるのですが、3つともバスケが盛んだったので僕の代は強かったんです。僕の時代は県大会が4つあったのですが、そのうちの2つで優勝することができ、九州大会にも出場しました。

――中学校の頃のプレースタイルは?
津山 中学の時はオールラウンドな感じで、1〜5番までやっていました。チーム内で僕が一番大きかったので、結構自由にやらせてもらっていましたね。

――中学校の指導者はどんな方でしたか?
津山 僕が入学した時に赴任してきた先生が、過去に並里成さん(群馬クレインサンダーズ)を指導されていた方だったんです。なので、成さんを常に意識しながら指導してもらっていました。

――その頃主にやっていた練習は?
津山 ディフェンスが多かったですね。練習時間は1時間半くらいだったのですが、そのうち1時間はディフェンスとフットワークの練習で、残り30分はランメニューでした。オフェンスは比較的できたから、意識的にディフェンスをやっていこうという方針でした。

――ディフェンス練習にかなりの時間を割いていたのですね。
津山 そうですね。なのでディフェンスの基礎はだいぶ固まったんですけど、沖縄県内ではディフェンスでどうこうというより、僕がオフェンスでどんどんやっていく感じだったので。なので、チームメートはディフェンスを頑張って、僕はオフェンスで頑張っていました。

――中学卒業後は福岡大学附属大濠高校高校へ進学しました。沖縄を離れて進んだ理由を教えてください。
津山 中学2年生の頃「進路をどうするか」という話になった時、僕は「将来プロになりたい」、「琉球ゴールデンキングス」に入りたいと思っていたので、プロ選手を多く輩出していた大濠、洛南高校、北陸高校のいずれかに入りたかったんです。

 そんなことを考えながらプレーしていた時、大濠の田中(國明)先生が会いに来てくださり、その後片峯(聡太)先生も来てくださって。お二人に「高卒でプロに行きたい」と伝えたところ、田中先生には少し反対されたのですが、片峯先生は「お前が目指すなら、本気でサポートする」と言ってくれたので、大濠に決めました。

――地元を離れ、寮生活を始めることになりましたが戸惑いなどはありませんでしたか?
津山 大変でしたね、沖縄にいる時はずっと母に甘えていたので。寮なのでご飯は用意してもらえますが、洗濯などの身支度を自分でするのはストレスでした。

――大濠高校には全国大会で実績を残した選手が集まりますが、入学直後は練習についていけましたか?
津山 すぐに馴染めましたね。僕の一つ上に杉浦(佑成/滋賀レイクス)さんや青木(保憲/広島ドラゴンフライズ)さん、葛原(大智/ファイティングイーグルス名古屋)さんがいたんですけど、本当に優しくて。大濠って少し怖いイメージがあったのですが、みんな積極的にコミュニケーションを取ってくれて優しかったですし、練習も短期集中だったのでやりやすかったです。

――短期集中のほうが肌に合っていましたか?
津山 僕にはそのほうがあっていたかもしれません。チーム練習終わった後自主練の時間をたくさん取れるので、4〜5時間ほど体育館に残って練習していました。チーム練習をしっかりして、自分の時間も使えるという仕組みは合っていたと思います。

――高校の名物練習はなんですか?
津山 大濠公園の隣にある西公園でのランですね。インターハイ前に公園の外周を走ったり階段を昇り降りしたりするのですが、とてもキツかったです。メニュー自体は1時間ほどですが、階段だけで30〜40分あるので本当に辛かった。あそこまで走るのはもう無理ですね、耐えられません(笑)。

「本気でサポート」するという恩師の言葉で、大濠高校への進学を決めた[写真]=B.LEAGUE

PROFILE
津山尚大(つやま・しょうた)島根スサノオマジック
福岡県の強豪・福岡大学附属大濠高校出身。1年次から主力として活躍し、2年次のウインターカップで準優勝。3年次はインターハイと国体の2冠を達成したが、ウインターカップでは準優勝という結果に終わった。高校卒業後は当時bjリーグの琉球ゴールデンキングスへ入団し、ライジングゼファー福岡、カナダリーグ、アルバルク東京三遠ネオフェニックスを経て2022年に島根スサノオマジックへ加入。入団1年目ながら指揮官の信頼を勝ち取り、キャリア最多となる1試合平均33分43秒12.5得点をマークしている。

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